「寄せ場」としての釜ケ崎

 現代日本社会における「寄せ場」とは何か。
現代日本における雇用関係は、常雇的雇用関係(慣行としての終身的雇用が中心)と、それ以外の臨時的・季節的・日雇的雇用がある。

このうち日雇労働力が、日常的・集中的に取り引きされている場所を「寄せ場」という。
言い換えれば、日雇労働力の自由市場・青空労働市場が「寄せ場」ということになる。ただ、この「寄せ場」を中心とする地域全体を指して、「寄せ場社会」あるいは単に「寄せ場」という言い方もされている。

 日雇労働力はさまざまな形態で存在しており、農村部を背景として持たない大都市と農村部を背景として持つ都市とでは異なる。
農村部を背景として持つ都市、たとえば広島などでは、日雇労働力は農業と日雇いの兼業労働力として分散して存在しており、毎朝、マイクロバスが山間部の農村を走り回って都市の現場へ送り届ける。
したがって、現在の広島市内には目立つ規模の「寄せ場」はない。比較的早く周辺部の農村を都市化し、工事量もある程度は継続的に存在する東京・大阪には、日雇労働者の集住する「寄せ場」が成立している。

 現在の日本の雇用人口の中に、どれ位の日雇労働者が存在するかは、必ずしも明確ではないが、ある推計によれば、100万人とも150万人ともいわれている。
この中には、近年になって急速に増えている派遣労働者・フリーター・アルバイターなどは含まれておらず、建設・土木・製造・港湾などのいわゆる伝統的日雇労働者だけの数である。

そして、このうちどれ位が「寄せ場」を中心として就労し、生活する日雇労働者(=寄せ場日雇労働者)であるのかは不明である。
東京・山谷地区(七千〜八千人)、横浜・寿地区(三千〜四千)、大阪・釜ケ崎地区(約二万人)と数えあげることはできるが、これらはあくまでも概数であり、実数ではない。
また、全国の各都市には、日雇労働者の密住地としての「寄せ場」はないが、日雇労働者の青空市場としての「寄せ場」(「寄り場」というべきか)は存在しており、就労構造の類似性・社会的処遇の類似性などから、そこを拠点として就労する日雇労働者は「寄せ場日雇労働者」に包括して考えられる。
名古屋の笹島・尼崎の出屋敷・福岡の築港・川崎のハラッパなどで就労する日雇労働者がそうで、それら全国の都市に規模の大小はあれ散在する「寄せ場」の全体像が把握されないかぎり、「寄せ場労働者」の概数すら明らかにできないわけである。

 ところで、「寄せ場日雇労働者」の就労と雇用の構造は複雑である。
釜ケ崎の場合、労働者の就労先の九割以上が建設・土木業に集中している。周知の通りこの業界は、元請・下請・孫請・ヒ孫請といった多層的下請構造をとっており、雇用関係もこれに対応して多層的である。
釜ケ崎の労働者が雇用契約を結ぶのは最下層の業者とであって、元請とは形式的には何の雇用関係も存在しないことになる。
もちろん、元請責任はあるのであるが、このような複雑な雇用関係は、労働災害が発生した時や雇用契約の解除、賃金不払いといった問題が生じた時、しばしばトラブルの原因となるのである。

 では、釜ケ崎においては実際にどのような雇用契約・就労が行われているのであろうか。

 釜ケ崎では一般的に、雇用主と労働者とが直接雇用条件を交渉し、雇用契約を結ぶという「相対方式」がおこなわれている。
その実際は、萩之茶屋一丁目にある「あいりん総合センター」の一階の「寄せ場」に、雇用主がマイクロ・バスなどを乗り付け、賃金その他の条件を掲示し、労働者はそれを見て車に乗り込むことによって契約が成立するというものである。

(西成労働福祉センターは「寄り場」と呼んでいる。「寄せ場」と「寄り場」の違いは、簡単にいえば主語の問題である。
その場所を行政あるいは使用者が自分たちの都合によって労働者を集めたり、散らしたりする場としての認識が「寄せ場」の表現となり、労働者が仕事を求めて寄り集まる側面に重点を置けば「寄り場」となる。)

 他に西成労働福祉センター(財団法人)が紹介・仲介して雇用される場合もあるが、「相対方式」の契約数に比べると圧倒的に少ない。

(あいりん総合センターには、西成労働福祉センターや社会保険事務所の出張所、医療センター、あいりん労働公共職業安定所がある。
なお、あいりん職安は他所の職安と違って職業紹介はおこなっておらず、雇用保険の給付業務が主要な仕事という珍しい職安である。)

 ところで、ここで言う雇用主とは、一般の労働市場での雇用主とは異なる。
労働者を雇用する者と使用する者は、派遣労働者の場合を除いて、同一であるのが普通である。
ところが、釜ケ崎の労働者の多くは「労働者派遣事業法」で指定されている職種以外で働いているにもかかわらず、派遣労働者と同様の雇用・使用関係の中に置かれている。

 早朝、五時前後から「寄せ場」で求人し雇う者のほとんどが、「手配師・人夫出し」と呼ばれる業者である。
彼らは労働者の使用者ではなく、建設業者や工場主などの注文に応じて労働者を送り、紹介料を取っている業者である。
紹介料といえば聞こえは良いが、本来労働者に支払われるべき賃金の一部をピンハネしているのであって、この行為は「職業安定法」上は明白に違法であり、また業者も違法な存在である。

しかし、現状は、この行為が広範に行われている実態を無視することはできず、行政は「建設労働者の雇用に関する法律(建労法)」などによって実質的には黙認している。
ただ、これらの業者は野放しというわけではなく、釜ケ崎で労働者を募集するためには、西成労働福祉センターに登録する必要がある。
登録は、非常に簡単にできるのであるが、現状ではこれさえも完全に実施されているとは言えず、全く違法な私設職安といわざるをえないものさえ存在する。

釜ケ崎はこのように、いく重もの違法・不合理に支配しされており、労働者を劣悪な状況に追込んでいる。

 「手配師・人夫出し」業者は直接、釜ケ崎から労働者を雇用主のもとへ送り込むほか、「人夫出し飯場(建設労働者寄宿舎)」という宿所をもっていて、そこに労働者を寝泊り(有料で)させ、送り込んでいる。
したがって、日雇労働者といってもその就労経路によって、およそ次の三つのタイプに分けることができる。

@「現金」ー文字通りの日雇いで、日々雇用され、日々解雇される労働者である。
労働者は毎早朝「寄り場」に出て仕事を捜し、仕事を終えた夕方に、現金で賃金を受け取る。

A「期間雇用」ー「契約」ともいう。このタイプの就労は、一週間・一〇日・三〇日というように一定の期間を区切って「人夫出し業者」の飯場に入り、そこから就労する。
賃金は契約期間ではなく、就労日数によって支払われ、その中から契約期間の宿泊料(飯代)が差し引かれる。
「期間雇用」には「出張」もある。概ね近畿圏外の「人夫出し飯場」や「現場飯場」に期間を決めて出張し、働く。飯代を引かれない場合もある。

B「直行」ー就労先が決まっていて、同一業者のもとで長期間にわたって就労する形態。仕事現場や飯場に、「寄り場」を経由せず直接行くこと「直行」という。ほとんど常雇と変わらないが、賃金の支払いは日々払いの場合も多い。

 AとBの場合、就労期間が長期になればなるほど、常雇同様といえなくもないが、労働ー賃金の契約はあくまでも、日雇契約であり、@の現金日雇と本質的にはなんら変わるところはない。

 いずれにしても、労働市場としての釜ケ崎は、大阪を初め関西一円はもとより、北陸・中部・中国・遠くは関東・沖縄・北海道にまで、時として海外までも、日雇労働者を供給する巨大な飯場とみることができる。

この意味で「釜ケ崎」という「寄せ場」は、日雇労働力を供給するという社会的機能を担っている。