(7)巡回相談に見る野宿生活者のニーズ
巡回相談事業が、野宿生活者の自立の支援に効果的に機能するかどうかは、一つには、野宿生活者のニーズ、要望にうまく対応できるかどうかにかかっていると考えられる。
相談聞き取りの中にある「要望」を、依頼の有無の区分でまとめてみた(図7-1・図7-2)。
▲図7-1 依頼無しグループ要望 ▼図7-2 依頼有りグループ要望
両者の違いは、一瞥して明らかである。
自立支援センターの整備が整っていなかった1999年と2000年のぞき、「依頼無し」の「要望無し」の占める割合と、「依頼有り」で「支援センター入所希望」とは相互に入れ替えても不自然ではないほど量的に見合っている。単に、偶然のなせる技というだけのことであろうか。
「依頼有り」に「要望無し」が少ないのは、理解できる。行政窓口に巡回相談員への連絡を依頼するのは、自立支援センター入所希望者が多いに決まっているのだから。
しかし、「依頼無し」に要望無しが極端に増えるのは、説明ができない。1999年、2000年には2割程度だったものが、なぜ6割にもなるのか。
一つ考えられるのは、「巡回相談員に要望するだけ無駄」という認識が、自立支援センター開所後、野宿者の間に一気に広まったということ。あるいは、野宿生活者の中で野宿の長期化により、他者に対する要望意欲が減退したのか。
逆に考えれば、巡回相談員が、自立支援センター入所者の勧誘に追われ、あるいは、自立支援センター入所勧奨しか対応手立てがないことに無力感を感じ、野宿生活者からの要望聞き取りに力を入れなくなったということも考えられる。
これはあくまでも、推論に過ぎない。要望の中身を、もう少し丁寧に検討してみよう。
依頼無しグループの要望内容一覧
*支援センター入所(1,331人・19.3%)−自立支援センター入所・支援センター入所
*福祉施設入所(428人・6.2%)−施設入所・短期入所・ケアセンター利用
*仕事による自立(585人・8.5%)−求職・資格の取得・資格講座受講・就労・大型免許再取得・免許取得・運転免許更新・運転免許再取得・夜間の仕事
*居宅保護(179人・2.6%)−サポーティブハウス入居・居宅保護・港区役所へ相談に行きたい・生活保護、身障手帳交付・生活保護受給・同居人の保護・福祉事務所の生活相談・福祉相談
*医療(340人・4.9%)−健康維持・治療・妻の受診・受診・入院・体力の回復・断酒・知人の受診・同居人の治療
*住居確保(94人・1.4%)−元の住居に戻りたい・居住の確保・妻の居住の確保・住む所が欲しい・住居確保・住所確保・住所設定・宿泊所確保
*金銭の支援(5人・0.1%)−お金が欲しい・金銭要求・交通費の借入れ
*各種手続き支援(67人・1.0%)−サラ金問題解決・交通事後遺症証明発行・自己破産・失踪宣告取消し事件・身障手帳取得・脱退一時金受給・年金受給・年金調査
*帰郷・連絡等(62人・0.9%)−帰郷・家族との生活・家族に会う・兄弟と再会・子の住所確認・実家へ帰りたい・父行方捜し・妹と連絡
*食事の確保(32人・0.5%)−食事、住居確保・食事の確保・食事の確保、受診、特掃従事・食料確保
*野宿からの脱却(22人・0.3%)−野宿からの脱却・自立・開墾地入植・公園からの撤去後の相談
*野宿状態の改善(19人・0.3%)−ブルーシート欲しい・ラジオ要求・衣服の要求・危険回避・嫌がらせをやめさせたい・入浴・布団要求・放火取締り・満足な睡眠・毛布欲しい
*その他(23人・0.3%)−ネコの引き取り手希望・居場所を隠す・検討中・現状維持・高齢者の保護・国の困窮者援助・妻の今後・施設の形態を変えて欲しい・自殺・借金返済・生活の向上・西成から離れる・知人からの援助・内縁夫との生活・病弱者の保護・有
*無し (3,711人・53.8%)−1999年24.1%、2000年20.3%、2001年62.6%、2002年61.1%
依頼有りグループの要望内容一覧
*支援センター入所(2,895人・65.7%)−支援センター入所
*福祉施設入所(356人・8.1%)−施設入所・一時保護所
*仕事による自立(178人・4.0%)−求職・就労・就労自立・就労、居宅・就労継続・夫の就職
*居宅保護(113人・2.6%)−居宅保護・居宅保護、旅費貸付・生活保護・生活保護受給・生保受給
*医療(171人・3.9%)−治療・妻の健康・妻の受診・受診・受診、求職・医療扶助・病院受診・入院・療養後就労・治療後支援センター入所・体調回復・体力の回復
*住居確保(43人・1.0%)−住居・住居が欲しい・住居の確保・住居確保、就労・宿泊所、食料の確保・住所設定・宿泊所確保
*金銭の支援(6人・0.1%)−お金の借用・金銭要求・自立のためお金が欲しい
*各種手続き支援(20人・0.5%)−外国人登録証、保険証の発行・死亡宣告取消し・身障手帳取得・サラ金問題解決・脱退一時金受給・年金受給・療育手帳再発行
*帰郷・連絡等(17人・0.4%)−帰郷・息子との生活・息子との連絡・母との生活
*食事の確保(3人・0.1%)−食事、住居確保・食事の確保
*野宿からの脱却(16人・0.4%)−野宿からの脱却・安定した生活・更正・自立
*野宿状態の改善(0人・0%)−
*その他(6人・0.1%)−高齢者の保護・他の野宿者からの暴力をやめさせて欲しい・投石されるため警察の出動を要請・内縁夫との生活・夫から逃げたい・有
*無し (581人・13.2%)−1999年20.0%、2000年8.1%、2001年11.5%、2002年12.9%、2003年11.2%、2004年17.6%、2005年28.6%、2006年13.2%
分類の仕方が、あまりにも大雑把で、中にはこじつけではないかと思われるものもあるかと思うが、マア、こんなものとしてご了解を。
2つのグループを比べると、「野宿状態の改善」の項目が、依頼有りグループにはないこと、依頼無しのグループのほうが、要望内容が多様で、具体的であることの2点に気付く。
この特徴は、1999年の聞き取り調査の結果に似ている(表7-1)。
表7-1 行政への要望内容
1999年聞き取り調査
直感でいえば、要望について「依頼無し」グループと「依頼有り」グループを一つにまとめると、1999年聞き取り調査の要望についての結果と等しくなる。
(注)1999年聞き取り調査(表7-1)には「要望なし・無回答」が除かれており、それを加えて計算すると、1999年聞き取り調査における「仕事」の占める割合は56.8%となり、「要望なし」は21.3%である。「依頼無し」グループとと「依頼有り」グループを1つにまとめて計算すると、「仕事」は43.2%、「要望なし」は37.4%である。1999年調査とそれぞれ10%以上の差はあるが、「依頼無し」グループとと「依頼有り」グループとに別けて比較すれば、差ははるかに小さい。
1999年聞き取り調査結果から、仕事関係の「仕事」(56.8%)を「要望無し」と置き換えると、「依頼無し」グループに近くなる。(「依頼無し」の「要望なし」は、1999年と2000年を除いて計算すると59.5%)。
依頼有りグループは、「生活関係」と「仕事関係」の職業訓練等を引いたものが近くなる。これは、依頼有りグーループの特質の再確認であるとともに、依頼無しグループではなぜ「仕事」に関する要望が少なく、その代わりに他の要望項目が増えるのではなく、「要望無し」の増加に結びつくのかという疑問の再提示でもある。
年齢構成の差では、説明できない大きな違いであることは、年齢構成図7-3・7-4で確認することができる。
▲図7-3 依頼無し・年令と要望 ▼図7-4 依頼有り・年令と要望
年齢構成で要望を集計しても、確かに、双方とも高齢になるほど要望無しが増える傾向をみることができるが、高齢者が依頼無しに多く含まれているから、年齢の要因で、要望無しが多いのだ、と結論づけられるほど、同じ世代で要望無しの差が少ないわけではないし、依頼無しの中の若年層に要望無しが少ないわけではない。依頼の有無で別けたグループ間の、「要望無し」に生じた大きな差が、年齢によるものでないことは、明らかである。
「要望無し」についての、この2つのグーループ間の差異について、参考となる検討が、1999年聞き取り調査報告書で加えられている。以下、その報告書の紹介をしながら、検討を加えていくこととする。
報告書=『野宿生活者(ホームレス)に関する総合的調査研究報告書―2001年1月―大阪市立大学都市環境問題研究会―第11章野宿生活者の要望(ニーズ)』
1999年聞き取り調査では、行政への要望は、「行政によるどのようなサポートがあれば、現在の野宿生活から抜け出すことができると思いますか」との質問項目で把握され、ボランティアに対する要望は、「行政以外の諸団体(労働組合・市民ボランティア組織等)に期待することはありますか」という質問項目で把握されている。その上で、要望内容を聞き取っている。
要望の有る無しの集計は、上記表7-2・7-3であるが、要望無しに無回答が加えられており、今回検討を加えている巡回相談事業の要望無しには無回答・不明は除いているので、多少1999年聞き取り調査の方が、数字が大きくなっている。それを勘案して比較すると、依頼有りグループの「要望無し」の割合は、一貫して、1999年調査の行政への要望を問うた項目での「要望無し」の割合に近しいといえる。
依頼無しグループでは、1999年・2000年については、1999年調査の行政への要望を問うた項目での「要望無し」の割合に近く、それ以降の年度については、1999年調査のボランティアへの要望を問うた項目での「要望無し」の割合に近しいといえる。
早呑み込み的にいえば、巡回相談事業について、依頼無しグーループでは、当初2年間は、行政の事業として認識されていたが、それ以降は、ボランティア活動として認識されていることの証明といえなくもない。依頼有りグループは、行政窓口を通じて連絡するものが多く、当然、巡回相談を行政の事業としての認識を維持し続けていることになる。
そう簡単なことかどうか、(行政の事業としての認識からボランティア活動として認識への転換は、そうであるとするならば、十分検討に値する重要な変化であるが)、さらに検討を進める。
1999年聞き取り調査報告書では、『ここで注意していただきたいのは、「要望無し・無回答」の中には、要望がない場合、支援を拒否する場合、回答拒否の場合、無回答の場合などいろいろな層を含んでいるが、両者(それぞれ)を厳密に分類することは難しいことである。』と指摘されている。
確かに、「あいりん夜間臨時緊急夜間避難所」で数回行った調査においても、毎回、「要望無し」を選択した上で、「感謝しています、これ以上を望むと罰が当たる」等の記入をしてあるものがいくつか存在し、要望無しの中身を推測することはなかなか難しい。
2003年国調査でも、各種団体に対する要望を等項目があった。「問45 法務省の人権擁護機関(法務局・人権擁護委員)においては、人権問題についての相談に応じていますが、どのような事項について相談したいですか。」と、「問46 行政、ボランティア団体、民間団体への要望・意見はありますか」
その結果を紹介する(表7-4〜表7-7)。ここで検討したいのは、要望項目、あるいは同じ要望項目に対する比率が、要望対象によって、どのように違うかではなく、要望対象によって、「要望無し」と「無回答」の割合がどのように違うかということである(表7-8)。
もし、「全回答者の内、要望無し+無回答の割合」が、調査対象者との距離を表すものだということが許されるとすれば、野宿生活者にとって、一番距離が遠いのは「民間団体」で、最も近いのは「行政」であるということになる。
「民間団体」と野宿生活者の距離の遠さは、先ず「民間団体」の具体イメージの描きづらさであろう。炊き出しや夜回り等を行うボランティア団体以外の民間団体とは何か、民間企業や社会福祉協議会や労働組合や地区の自治会・町内会を思い描いたとして、今、縁のないそれらの団体に、何を要望すればいいのか、また要望することに意味はあるのか、という設問に対する疑問、とまどいもあるであろう。それが、「要望無し」、「無回答」の多さに現れていると考えられる。
「法務省の人権擁護機関」も、野宿者の多くは、具体的な窓口の存在、申し出方法、期待できる結果等について具体的な情報をそう多く持っているとは考えられないが、問われていることは、具体的であり、その問いの項目に丸をつけなければ、「なし」になるに決まっている。ほぼ2者択一的に要望項目への丸か「なし」への丸かが決まるから、無回答が極端に少なくなる結果となったと考えられる。
「ボランティア団体」についてはどうであろうか。野宿生活者にとって、「民間団体」同様に縁の遠い存在なのであろうか。確かに、少なからずの野宿生活者が、ボランティア活動である炊き出しや夜回りなどを利用したり出会ったりしているであろうが、全野宿者の内どの程度の割合かといえば、少数派となるのではないか。また、「ボランティア」の言葉からして、「やってくれるだけまし」であって、要望する対象とは考えにくいという認識が、野宿生活者の中にあって、「要望無し」の多さとなっているのでは無かろうかと考えられる。もちろん、「ボランティアの世話にはならん、関係ない」という無回答もあるではあろうが。
「行政」は、「要望無し」も「無回答」も少ない。これは、行政の具体的な窓口との距離感が、「ボランティア団体」に対する距離感よりも近いということを意味しているのであろうか。そうではないと考えられる。距離感というか、親近感は、「ボランティア団体」のほうが高いと考えられる。
ではなぜ、「要望無し」も「無回答」も少ないのか、それは、「野宿生活者」が、行政は要望を伝えるに適切なところ、あるいは、要望を実現する力を持ち、要望を実現することに責任があると考えているに他ならないからでは無かろうか。今の社会の仕組みからいえば、当然のことであると考えられる。
ここで話を戻すと、野宿生活者が、行政に要望するがの当然の対象であり、行政はそれに答える責任があると考えているとすれば、「依頼無しグループ」の「要望無し」の増大の意味するところは何か。
1999年聞き取り調査報告書は次のように分析している。
『「要望なし」と「無回答」を厳密に分類することは難しいと述べたが、行政へ「要望なし」層とボランティアへの「要望なし」層では、「なし」の意味する内容が大きく異なっているので、ここでこの「要望なし」について若干説明を加えておきたい。
「行政への要望なし」と回答している人(121人)の内訳を見ると、「援助拒否」(58.7%)、「キリがない」(2.5%)、「なし」(38.8%)となっている。「要望なし」と回答している人の約6割が行政からの援助を拒否しているのである。
そこで、「行政からの援助拒否」と回答している人(71人)の内訳を見ると、「行政不信」(64.8%)、「拒絶」(14.1%)、「自分の責任」(11.3%)、「現状から抜け出す気がない」(9.9%)となっている。ここで、「行政不信」というのは「行政を信じられない」と回答している人であり、「拒絶」というのは、「行政からの支援は受けない」と回答している人である。これは、野宿者の一部に、かなり強い「行政不信」が存在することを示しているということができるだろう。
一方、「ボランティアへの要望なし」と回答している人(464人)の内訳を見ると、「なし」(83.2%)、「援助拒否」(11.6%)、「充分」(5.2%)となっている。
「要望なし」と回答している人の8割が、単に「なし」と回答している。
また、ボランティアへの援助拒否(54人)の内訳をみると、「期待しない」(63.0%)、「かかわらない」(22.2%)、「自活する」(14.8%)となっている。
以上、行政への要望とボランティアへの要望を比較すると、「要望なし」と回答した人の中で「援助拒否」と回答している割合は、「行政からの援助」を拒否する人のほうが、「ボランティアからの援助」を拒否する人よりもはるかに多くなっている。
先ほど述べた、「行政への要望」で「あり」と回答している割合は、「ボランティア団体への要望」の「あり」と回答している割合より著しく高かったことと併せて考えるならば、「行政への要望」については、「援助希望(要望)あり」層と「援助拒否層」の区分がきわめて明確であることがわかる。
すなわち、野宿生活者においては、行政(の施策や支援)の評価を巡って、相反する二つの層が存在すると思われるのだが、このことは彼らの行政に対する大きな期待の異なった表現であると見なすこともできる。
「行政からの援助拒否」は、「裏切られ続けた期待」の結果であり、その根底にはやはり行政への大きな期待が潜んでいた(あるいは潜んでいる)のではないだろうか。
いずれにしても、行政からの「援助拒否」層について、今後どのような援助が可能かを真剣に模索することが課題ではないか。』
以上によれば、依頼なしグループの「要望なし」の増大が、「行政不信-援助拒否」層の拡大・定着を示すものであるという理解になる。
一般の調査で要望を聞くのと、具体的に自立支援を探って要望を聞くのでは、文脈が違うのであり、このような比較は成り立たない、という意見も存在しよう。
その意見が成り立つには、野宿生活者が、野宿から他の生活に移行するための具体的イメージを持っていないということを証明することによって成り立つと考えられる。また、巡回相談事業が、要望を提示した多数について、有効に対応したという実績の裏付けを必要とすると考える。