更に裁縫室に入て見れば高く|{1}間に掲げられたる聖|母の|肖
像の下に|憐れなる女性の孤児は左も殊勝気に左も大人しやかに雑
談だもせず正座して|針持つ手に小休みなきを見る二十歳ばかりな
るを年|嵩として十二三歳までの少女二十四五人も円座せるなり彼
等の中には既に人の妻女として将た人の|母としても恥かしからぬ
様なる品格ある人も見受けたり院内他の多くの孤児に給すべき衣服
の仕立や洗濯や襤褸さしや悉く此の一団の少女の手に待つものにし
て彼等は事実に於て既に幾多の我子を有するものに似たり更に転じ
て院内に設けられたる尋常高等小学校に至り見るに尋常生徒間に見
る処のガヤ/\たる|喧声と用もなきに教場を飛び廻る等の事なく
等しく規律を|守りて一々教師の訓示に是れ従ふものゝ如く左なが
ら水を打たるが如き中に|孜々として科業に勤め居れり彼等の読書
力や筆跡や頗る見るべきものありき|寝室は総て畳を以て敷き詰め
られ室内一の装飾なしといへども掃除能く行届きて塵をとどめず一
|週一回位の割合を以て清潔法を施行すとの事なれば悪臭のせざる
は勿論にして健康を害すべしと思はるゝ点を見ず蒲団は四人に付き
二枚を与へ二人宛て反対に|寝かさしむるものにて之を|狗の児|寝
といふとかや
割|烹室も二三ヶ|處はあらん何れも女子の受持にて甲斐/\しく|
襷をかけ大根を刻むもの米を洗ふもの竈の下を焚きつけるもの各自
|□《□》掌事務に|忙しく目も廻るほどに見ゆ聞く常食は米|麦半
々にして(外国米を交ふ)一人一日平均五合宛の|勘定に焚立て菜
代は(|薪、|醤油等を除き)同一銭宛の定めなりと、一日の時間割
は起床五時、朝飯五時半、学校教授七時より十二時迄、昼飯十二時、
|夕飯五時、夜学六時より八時迄、就|眠九時にして総て|喇|叭を以
て合図を為す而して毎朝六時より七時まで総ての孤児院内の公会堂
に集りて礼拝を為なり (未完)
{1}……木+眉、はり
□…………判読不能
著者:大阪毎日新聞
表題:岡山孤児院概見(承前)
時期:18980502/明治31年5月2日
初出:大阪毎日新聞
種別:社会事業