長屋建築規則の改正追加

    上覧広報中に掲載せし如く大坂府知事建野郷三氏は昨日府令第廿

   四号を以て本年五月第七十五号布達長屋建築規則に改正及び追加せ

   らるゝ所有りたり今その改正追加の件々を一看するに孰も皆従来の

   ものに一層の厳密を加へられたるものにして就中追加第十七条十八

   両条及び附則末項の如きは最も世人の注目を惹くものなりその第十

   七条に曰く長屋居住者居住の現状極て不潔にして公衆の衛生に害あ

   りと認むるときは立退を命ずることあるべし将その第十八条に曰く

   前条に依り立退を命ぜられたる者には所轄警察署の認可を受くるに

   非ざれば長屋を貸与す可らず又その附則末項に曰く本則第十六条第

   十七条及第十八条は現在の長屋にも適用すと是より先き夫の名護町

   を始め諸所の貧民細戸を移転せしむる事に付府下四区一郡の連合町

   村会を開かるゝや同会議員を始め世人は往々疑を起して謂く仮令此

   挙にして議決々行せらるゝに至るも若し其目的たる貧民にして移住

   転居を肯諾せざるに於ては理事者は将た之を如何措置するならんか

   夫の移転用地の買上の如きは公用土地買上規則も有れば之を仕遂る

   こと稍々容易なれども人民をして強て其好まざる移住転居を為さし

   むるに至ては法律規則の中明文の拠べきものも無く殊更ら郡区理事

   者の如き者の之を施行せんとすることなれば其間恐らくは幾多の障

   碍困難を現出するならん将た仮令其貧民にして移住転居を甘諾する

   も若し此等の貧民にして其新築改造を経たる以前の長屋に復帰し又

   は市中他の場所の長屋を借受んとするときは之をして移住転居せし

   めたるの効力は殆ど皆無に属せざるべきかと当時同会の議案は遂に

   廃棄に属し去りたるも此等の疑点は依然として氷釈すること莫く今

   回更に四区二郡の連合町村会を開て同件を議せしめらるゝに及び世

   人をして一層此等の事を思ひ起さしむるに至りたり府知事に於ても

   亦た予て此辺に心を用ひられたるものゝ如く今回の連合會を開かる

   ゝと同時に右の如く長屋建築規則を改正追加して以て理事者が該移

   転の事務を断行するに於て大なる便利都合を得しむる様にせられた

   り左れば此上は若し夫の貧民細戸にして(該連合會の議案可決又は

   原案施行の場合に)尚ほ其移住転居を肯諾せざらんと欲せば府知事

   を相手取り行政裁判を仰ぐ等の事を為すに非ざれば能はざる可きな

   り亦た以て貧民移転の事に関する決心の程を窺ひ知るに足る可き歟

   将た右追加の第十八条を一読して市中長屋持主の中には或は謂ふも

   の有らん我々が長屋を貸し渡すに方り其借人の曾て立退を命ぜられ

   し者なると否とは何に依りて之を識別することを得可きか而して其

   之を命ぜられし者には所轄警察署の認可を得るに非ざれば長屋を貸

   与す可からずとせば是より我々の困難迷惑は果して如何あるべきか

   と此れは一応尤の懸念なれども此等の人々若し後文第十九条但書の

   追加を読過すれば則ち自から安心する所有るなるべし府知事も亦敢

   て此等の人々を窘むるの不法を為すものには非ざる也

   

   著者:大阪日報
   表題:長屋建築規則の改正追加
   時期:18861017/明治19年10月17日
   初出:大阪日報
   種別:法令/長屋建築規則改正