豪胆の下女

   昨日午前二時頃西成郡今宮村八八九番地酒造業奥村宗太郎方の店の

   間にネズミの荒るゝ如き物音のするより次の間に寝て居りし一人の

   下女は傍に臥居る下女お安を呼起し一遍起きて逐て下さらんかとの

   頼みを聞きお安は起て足踏鳴しシイシイと云て逐声と共に忽地泣声

   の止みしが又暫くすると泣声の聞ゆれども少し声の変なれば怪みて

   耳傾る折しも店の間の銭箱の内に在る銅貨の音がチリンチリンと聞

   ゆるにぞお安は正しく賊ならんと察しつつ敢て恐るゝ色もなく陰に

   障子を明るが否其音のする方へ枕を投付ながら二布一ツのまま跳出

   で捕へて呉んとて組付んとする時一人の下女が火事よ火事よと呼は

   りしを以て酒蔵より二、三人の雇人跳出来り獲物を持て見廻りしか

   ど賊は早立去りしと見えて影見えず表の庭の隅は一尺四方破り売上

   金は三円余盗童れありしと云ふ。

   著者:朝日新聞
   表題:豪胆の下女
   時期:18870403/明治20年4月3日
   初出:朝日新聞
   種別:犯罪