梅田周辺 「浮浪者」を調査  

市など 立ち退き要求や保護
 30日夜、大阪市北区の国鉄大阪駅、阪神梅田駅と周辺に広がる梅田地下街で大がかりな「住所不定者実態調査」が実施された。
 中心になった大阪市民生局は「福祉施策の資料作り」と説明しているが、立ち退きを求めるのを前提とした「調査」のため、「あいりん地区」(釜ケ崎一帯)の労働組合などは、1日から始まる大阪築城400年まつりをテコにした「浮浪者一掃策」ととらえ、学者、弁護士らを加えて監視団を作り見守った。

 「調査」には市民生局、府警本部、曽根崎署などのほか、国鉄、阪神電鉄、阪神百貨店など各施設の管理者が参加。市側は市職組の協力が得られず、管理職が参加した。
 午後9時すぎ、10数人ずつ二班に分かれ巡回開始。
 調査方法は、面接のうえ氏名、年齢、本籍地、職歴などを票に記入し、希望者と病人は更生施設や病院へ収容、と定められていたが、道路などで寝ている人のほとんどが、巡回班の姿に街中へ立ち去るか、説得で保護に応じた。 大阪市民生局がこの種の調査をするのは初めて。
 10月4日には大阪・ミナミ、次いで大阪城周辺でも実施を計画している。民生局側は「長年の懸案を実現しただけ」という。 83・10・1 朝日新聞

南署・浮浪者全員から指紋採取

「拒否すれば検挙」 美観・治安へ顔写真も
「人権問題」と批判の声
「リード」 大阪・南の盛り場で、寝泊まりする浮浪者全員を対象に、大阪府警南署が「浮浪者リスト」作成の名目で指紋採取と顔写真の撮影をしていることが11日、明らかになった。同署は浮浪者保護や町の美観などいくつかの目的を上げたうえ、「あくまで本人の了解を得て行っている」というが、拒否した場合は軽犯罪法違反で検挙してでも撮影、採取する方針であることを明らかにしている。このため、法律家や差別反対の運動をしている労働組合などから「人権問題だ」と批判の声が上がっている。
「本文」 リスト作成作業はこの7日夜から始められ、11日までに約160人分を作った。最終的には170~80人になると同署はみている。
 作業は、同署警ら課の警官数人が一組にな南区内のアーケード街、高速道路の高架下、公園などを巡回。寝ている浮浪者から氏名、年齢、本籍などを聞いてカードに記入したうえ、指紋を取り、氏名と生年月目、ナンバーなどを書いた紙を持たせて上半身の写真を撮っている。

 「あいりん地区」(大阪市西成区・釜ケ崎一帯)からミナミへ出たというAさん(46)は、8日午前1時ごろ、仲間2人と堺筋の歩道で寝ていたところ、5人の制服警官に囲まれ、「変死事件があったので」と説明され、調査を受けた。
 所持品の検査を受け、写真撮影後、調査済みの証明書を渡された。「本当に警官だろうか」と不審に思ったが、拒否できる雰囲気ではなかった、という。

 南署の小川広巳副署長は「横浜の浮浪者襲撃事件のような事件の被害者になったり、行き倒れになった場合、身元を確認するためで、すでに3年前から実施している」と説明する。
 しかし、一方で「地元から、浮浪者が多い、と苦情があっため」ともいう。とくに今年は、10月の大阪城築城400年まつりのオープニングパレードが南区内の御堂筋を中心に行わるため、同署は町のクリーン作戦を強化。浮浪者のリスト作成を駐車違反車両、キャバレーなどの悪質客引きなどの取り締まりと同様、重点事項と位置づけ、「美観と治安維持のため浮浪者の実態把握は不可欠といっている。
 また写真撮影や指紋採取は任意の形で行っているものの「浮浪者は軽犯罪法違反であり、やり方として本人の了解を取っているに過ぎず、拒否した場合は検挙して実施する方針」という。
 軽犯罪法では①働く能力がありながら職業に就く意志を持たず、一定の住居を持たないでうろつくもの②こじき、こじきをさせた者-などを拘留、科料にすることを定めている。

 これに対し、浮浪者を底辺労働者ととらえて差別反対運動を続けている釜ヶ崎日雇労働組合や法律家は「警官が取り囲み、検挙をほのめかせば事実上の強制。写真や指紋がどのように用いられるかわからず、人権無視もはなはだしい」と批判。釜日労は南署に抗議書を出す。

中島元・大阪大阪府警防犯課長の話 

 浮浪者が増えており、関係各署は防犯上からも実態把握にカを注いでいるが、そのやり方については特に指示していない。南署のケースは初めて聞いたが、浮浪者はなかなか本当の身元を明かしてくれず、指紋や写真を撮るのもひどつのやり方だ。任意で協力してもらうというのなら必ずしも人権侵害にならないし、法的にも問題ない。

見逃せない問題だ 森井瞕関西大教授(刑事訴訟法)の話 

 任意に調査に協力したのなら問題はないが、法的な知識のない者に検挙の方針まで持って接しているのでは事実上の強制だ。本当に軽犯罪法違反の容疑があるのなら、検挙後に写真撮影、指紋採取などの必要な手続きを取るべきだ。南署のやり方では、法律を取り締まりのため便宜的に使っているとみられても仕方がない。

 人間である以上、浮浪者であろうと権利において差はない。このようなやり方を浮浪者だからやむを得ない、と見逃してしまうのは怖い。弱い人への人権侵害を突破口にして、強権的な脱法行為を容認させられていくことになるからだ。 [写真]「地下街の入り口に座り込む浮浪者たち。顔写真や指紋を取られた人も多い=11日夜、大阪・ミナミの千日前で」1983・5・12・朝日新聞

指紋採取、強引だった

釜ケ崎労組が間き取り調査 「任意」の反証続々
 大阪府警南署が管内の浮浪者リストを作成するために指紋を採取、顔写真を撮影していた問題で、差別反対運動と取り組む釜ヶ崎日雇労働組合は13日夜、大阪市南区内で寝泊まりしている浮浪者から同署が実施した調査の内容、方法の聞き取り調査を行った。

 この結果、同署が「身元確認のためと趣旨を説明、任意に協力してもらった」と主張しているのに対し、浮浪者たちからは「バタヤが商店街で騒いだが犯人を知らんか、と尋ねられ、疑われていると思い求めに応じた」(42歳の男性)「アーケード街で寝ていたら、『犯罪とは関係ないんやけど、ナイフか何か持ってへんか』と体を検査され、写真と指紋をとられた」(56歳の男性)、「午前3時ごろおこされ、急に『写真をとらせてくれ』といわれたんでびっくりした」(24歳の男性)などと、事情の説明がないまま、一方的に調査されたとの証言が相次いだ。

 同労組は「脅しに近い方法で任意性は認められない」と、この調査結果をまとめ、近く大阪弁護士会の人権擁護委員会に人権侵害の申し立てをする。[写真]「聞き取り調査を受ける浮浪者たち=13日夜、大阪・ミナミの地下街で」1983・5・14・朝日新聞

人権侵害と訴え

警察の浮浪者調査「指紋採取など強制」
釜ヶ崎日雇労組
 大阪市西成区のあいりん地区の日雇労働者で組織する釜ヶ崎日雇労働組合(山田実委員長)は、大阪府警南署が今月上旬実施した浮浪者実態調査について「重大な人権侵害」と16日、大阪弁護士会人権擁護委員会(田中幹夫委員長)に調査を申し立てた。
 訴えによると、この調査は「警官に無理やり顔写真、指紋をとられた」との労働者の訴えから明らかになったもので、同労組が調査された18人から事情を聴いたところ、「何も悪いことししてなかったら言う通りにしろ」と強制されたり、「仕事のあっせんするから」といわれ、顔写真や指紋をとられたという。
 同労組は「令状もないまま、強制的に写真、指紋をとったのは明らかに違法」といっている。
 南署によると、調査は一昨年7月、大阪・ミナミで古書店主立ち小便を注意した浮浪者に刺され重傷を負い、止めに入った別の浮浪者が刺殺された事件をきっかけに、浮浪者対策のため実施したもので、今年が3回目。今回は5月8日、10日、11日の3日間、193人から、本籍、氏名、生年月日、所持金などを聞き、顔写真や指紋もとったが「顔写真の撮影や指紋の採取はあくまで任意で行った。
 実際193人中2人は拒否されたのでとっていない。調査方法に全く問題はなかった」と話している。 1983・5・17・毎日新聞

南署の底辺労働者指紋とり

人権侵害と警告書・大阪弁護士会
 大阪弁護士会(米田実会長)は13日、大阪南署が去年5月、管内の「浮浪者実態調査」で「浮浪者」の顔写真を撮影、指紋を採ったのは人権侵害に当たるとして、大阪府公安委員会、同府警本部、南署に警告書を送付した。

 同弁護士会は、警察の職務上、ある程度の合理性はあるとしつつも「戦前の治安維持法的なものにつながる恐れが多分にある」としている。
 同署の「調査」は去年5月8日から11日の間に行われ、約190人分リストを作った。警察官が数人グループで地下街やアーケード街などを巡り、「浮浪者」を見つけると、その場で氏名、年齢、本籍などをカードに記入、上半身の写真を撮影、左手の指紋を採取した。
 調査実施後間もなく、釜ヶ崎日雇労働組合が同弁護士会に人権侵害の疑いがあると訴え、同弁護士会人権擁護委員会(田中幹夫委員長)が対象者から聞き取り調査して調べていた。

 警告書は調査の目的が「浮浪者」の保護、身元確認だけでなく、「犯罪」を恐れのある者の「予防検束」の面や管内からの追い出しを図る意味もあると指摘。「嫌疑や令状もなく写真撮影、指紋採取するのは警察法2条2項(警察権限の濫用禁止)に違反する疑いがある」としている。
 また、南署が任意の調査と主張しているのに対しても、「浮浪者」の置かれた弱い立場への配慮が欠け、説明も不十分。4人一組で周囲を取り囲んだり、午前5時ごろまでの「調査」では、任意性に欠ける、と指摘している。
警察法の範囲内だ 中島元・大阪府警防犯課長の話 写真撮影、指紋採取とも本人の了解を得た上のことで、警察の(住所不定者の)調査、保護活動のため、これは場合によっては必要なことだ。警察法2条1項の「公共の安全と秩序の維持に当たる」ための職務の範囲を越えてはいないと考えている。 1984・2・14・朝日新聞

”釜ヶ崎”と”あいりん”

「ドキュメントα」 関西テレビ 三国章 「Q閑帳」
 「ドキュメントα」(土曜後3:00)の27日は「アオカンの夏~58年”釜ヶ崎”」を放送する。

 日雇い労働者の街、大阪西成区の「あいりん地区」。地図にない地名である。
 ここで36年に次いで、41年に大さな暴動が起こった。それを契機に大阪府市連絡会議で、それまで「釜ヶ崎」と呼ばれていた地域を「あいりん地区」と呼ぶことにしたのだそうである。
 いらい行政の公用語となり、私たちマスコミもそれを公式名称として常用している。

 私たちが同地区で取材をはじめてから、どうもこの「あいりん地区」でひっかかってしまう。
 私としては何のためらいもなく「あいりん地区の労働者は・・・」とか、「あいりん地区での仕事は・・・」とか、という言い方で質問するたびに、「あいりん地区」の部分は「釜ヶ崎」、あるいは「カマ」という言い方で返ってくる。
 そこで気づいだのは、そこに住む労働者のだれひとりとして「あいりん地区」とは言わない、ということである。
 そこに住む人の思いを無視して、私のようなよそ者が勝手に「釜ヶ崎」を「あいりん地区」と言いくるめることは、白を黒と言いくるめるにひとしい暴力である。

 同地区に、労働者のための会館造り運動が進められているので、今回はその運動を軸に取材を進めるつもりであった。大阪南署の浮浪者リスト作り事件の波紋もそのひとコマとして取材をはじめた。「浮浪者」の声をたずね歩くうちに、またしてもひっかかりが生じた。

 「ワシら、好き好んでアオカン(野宿)しているのと違う。今仕事がないんや。仕事が出るまでこうしてダンボールや空きカンの回収をしながらアオカンして生活しとるんや」。
 この言葉は労働者のギリギリの生きざまである。
 私はまたしても勝手に、その労働者を「浮浪者」と言いくるめようとした。否、「浮浪者」の概念すらあいまいであった。 そこでアオカンをせざるを得ない側からの取材に徹した。

 それを偏向というなら「釜ヶ崎」を「あいりん地区」と言いくるめ、「労働者」を「浮浪者」と決めつけることも、もうつひとつの偏向である。(関西テレビ第二報道部ディレクター) 1983・8・24・サンケイ(夕刊)