釜ヶ崎1990年代 釜ヶ崎反失業連絡会を中心とした関連資料一覧
(3)1998年
1月3日 人民パトロール 西成警察署前通過
1月5日(月) 年明け 対府市行動(いわゆる「お礼参り」)
1月5日(月) アブレ手当 年明け初日 センター3階フロアー
1月 経過報告 1997~1998年冬・越冬対策を巡って 980100-keika.docx
1月 「センター夜間開放」支援お礼とお詫び 980100-sentakaihou.docx
お骨折りいただきました「センター夜間開放」については利用期間について「臨泊実施期間」を除くことになっておりましたが、野宿を余儀なくされる労働者が目に見えて増加する状況にせかされるまま、何らご挨拶・相談することもなく、「違約」する挙に出ましたことは、まことに不手際のそしりを免れず、ご不快をおかけしましたことを、深くお詫び申し上げます。
「センター夜間開放」は労働者の雨露しのぐ最低限度のものに過ぎません。寒さまでは防ぎきっておりませんし、対策として固定されるべきものでもありません。「センター夜間開放」問題解決にいたるまでの緊急避難措置というべきものです。本当に必要とされているのは、この後に続く施策であります。不手際を省みずこのように書き連ねることは、「ふてぶてしい」と受け取られかねないとおもんばかりながら、これまでのご厚情に甘え、あえて言上申し上げる次第です。
1月5日 知事市長宛 継続する「冬」に対する対策要求 980105-chijisichou.docx
大阪市の臨時宿泊所の受付終了後、野宿を余儀なくされる労働者の数は、皆無にならないまでも大きく減少した。臨時宿泊所は大きな役割を果たしていると言える。
臨時宿泊所受付時期の釜ヶ崎の仕事量と今後一ヶ月釜ヶ崎の仕事量はさほど変わらないものと見込まれる。とすれば、臨時宿泊所の閉鎖は、再び多くの労働者を野宿へ、行き倒れ死へと追い込むものとなる。寒さもこれからである。
臨時宿泊所は閉鎖されるどころか、仕事を探すために臨時宿泊所を出たが、努力しても仕事に就けなかった労働者を対象として、「単泊」の日々新たな受付を市更相で行い、臨時宿泊所を宿泊施設として活用するべきである。
釜ヶ崎の冬は継続している。重ねて以下を申し入れる。
1月9日 路上での死を迎えるのはいやだ! 私たちに食と寝場所を! 生きる場を!
不況のさなか、仕事がなく野宿を余儀なくされている労働者が、市役所横で長期の泊込み・民生対策要求行動を行っています。
朝昼晩・毎食1杯の丼で野宿し、対策を求める労働者にご支援を! 980109-sien.docx
1月7日 センター3階座り込み闘争再開(本田氏メモ)
1月12日 センターから勝利号で市庁へ 抗議申し入れ(臨泊問題)(本田氏メモ)
1月12日~1月31日 センター夜間開放(本田氏メモ)
三角公園テントをたたむ。夜7時30分から、初日398名泊まり。
1月12日 シャッター越しの折衝 府 「黙認する。」と意思表示。(本田氏メモ)
1月26日 知事市長宛 センター夜間開放期間終了後の対策要求 980126-chijisichou.docx
センター夜間開放期限が終わろうとしている。大阪府・市の職員の中には「センター夜間利用は非人道的措置である」という認識を持つ人もいるかに聞く。そして、センター夜間開放は昨日今日始まったわけではない。十分に人道的措置を考え準備する期間はあったと考えるのが、世間の常識であると考える。
まず第一に、大阪府・市で検討され、準備されている対策についてお伺いしたい。
1月16日 南港臨時宿泊所 閉鎖
最後まで留まっていた人 770名(本田氏メモ)
1月24日 三角公園炊き出し (2400食)
4升炊飯 28釜、ぞうすい-160食、そば-200食、カンパン-3缶(本田氏メモ)
1月26日 議会各会派宛 センター夜間開放期間終了後の対策要求 980126-kaiha.docx
議員諸先生のお力がなければ、行政はセンターの冷たいフロアーに労働者を放置し続ける段階から一歩も踏み出すことができません。人の命を救える施策を実施するよう行政に強く働きかけていただけますよう重ねてお願い申し上げます。
1月30日 府回答 ①センター夜間開放2月末まで延長を認める。(本田氏メモ)
2月23日 知事市長宛 「センター夜間開放」終了後の対策について 980223-chijisichou.docx
次々善の策として続けられてきた「センター夜間利用」が終了する。
仕事が増加し、野宿を余儀なくされる労働者が目に見えて減ったからでも、もっと質のよい対策が実施されるからでもなく、ただ予定の期日が過ぎたという理由で・…。
2月23日 議会各会派宛 3月以後の対策要求に、ご理解とご支援を、お願いいたします。
例え話でなく、現実の出来事として、諸先生のお力添えが、路上での死から救うことができるのです。重ねて、労働者を路上死から救うためにお力をお貸しくださいますことを、お願い申し上げます。 980223-kaiha.docx
3月 府議会議長宛 「釜ケ崎緊急就労対策」についての請願 980300-gikaiseigan.docx
請願項目 ① 98年度予算であいりん地区緊急就労対策制度を確立する。
3月2日 府市回答 「汗をかいて努力します。」(本田氏メモ)
5月 参考資料:釜ヶ崎の状況をより深く認識するために 980500-sankou.docx
5月 経過報告 1997~1998年冬・越冬対策を巡って(5月版) 980500-keika.docx
5月 全国金属機械労働組合大阪地方本部書記長宛 980500-sentakaihou.docx
「センター夜間開放」へのご支援にお礼申し上げると共に、その後の経緯に不手際の有りましたことをお詫び申し上げます。
5月1日 メーデー 585名参加(本田氏メモ)
5月9日 4区集中 野宿者調査
野宿者ネットワーク(本田氏メモ)
5月14日 西成区長宛 緊迫する「あいりん地区」対策の申し入れ 980500-nisinarikuchou.dpcx
野宿生活を続ける当の労働者に路上死と常に向かい合う恐怖と苦痛をもたらしているばかりでなく、周辺地域で生活する人々にも生活環境の悪化や精神的緊張の増加などの悪影響をもたらしています。
そればかりではなく、JR大阪駅に張り出された差別落書きに「部落民(エタ・四つ)・朝鮮人やオウム信者や、西成の人々や、浮浪者や、…略…を見かけたら、銃で撃ち殺してやりましょう。」と書かれているのに示されているように、列挙されている人々への差別・排撃の言辞、とりわけ「エタ・四つ」というそれだけで人を死に追いやりかねない差別呼称の使用はとうてい許すことはできないのはもちろんであるが、今、野宿者に絞って言えば、現状の放置が差別を強化・誘発する原因ともなっています。
私たちは、大阪府・市に対し解決策を示して要求活動を行っていますが、未だ満足な対策は打ち出されないでいます。
そこで、労働者を始め地域の住民、すなわち区民の困難な状況を解決するために、西成区として、区長として、以下のことを実行されますよう要請いたします。
5月 西成区長宛と知事市長宛 要望 案文 980500-nisinariku-b.docx
5月19日 知事市長宛 定着した「不況」に見合う対策を 980519-chijisichou.docx
本年4月28日に公表された「労働力調査(速報)平成10年3月分結果の概要」によれば、完全失業者は277万人にのぼり、建設業の就業者数は、昨年同月と比べ27万人も減少していることを示している。
釜ヶ崎の状況もどん底にある。
求人数はさらに低迷を続け、「炊き出し」に依存せざるを得ない労働者が増えている。
5月19日 議会各会派宛 980519-kaiha.docx
定着した「不況」対策要求についてご理解とご支援をお願いいたします
5月 報道関係者各位 980519-houdou.docx
釜ヶ崎はご承知のように不況のただ中にあり、5月9日に私たちが調査しただけでも3,422人が野宿を余儀なくされており、路上死にさらされています。
路上死をなくすための対策を求め、当会は5月19日から対行政行動を起こすこととなりました。(同封申入書をご参照ください)
つきましては、釜ヶ崎の窮状を伝え、野宿者への、釜ヶ崎労働者へのあらたな行政施策が打ち出されるために、諸氏のお力をお貸しくださいますようお願い申し上げます。
5月19日 対府・市行動
5月25日 府 回答なし(本田氏メモ)
5月27日 市回答なし(本田氏メモ)
5月30日 扇町公園
5月30日 抗議闘争突入集会 三角公園(本田氏メモ)
5月末ごろ 赤痢発生(本田氏メモ)
6月1日~10日 府庁前 野営闘争(本田氏メモ)
6月1日 市民呼びかけビラ 980601-sien.docx
私たちは、釜ヶ崎労働者の困難を緩和するため、大阪府・大阪市に対して労働・民生両面にわたって対策を要求いたしております。それら諸要求の早期実現が困難であるなら、せめてセンターの夜間開放をし、雨を避けられる野宿場所として欲しいと、最低限度の要求もしておりますが、大阪府市は、何故か拒否し続けております。
状況を少しでも打開するために、6月1日、500名を越える労働者が釜ヶ崎から大阪府までデモを行い、府庁前・大阪城公園での要求貫徹の野営闘争に入りました。
それぞれに困難な状況にあることとは存じますが、釜ヶ崎労働者の闘いに、ご理解とご支援のほどをお願い申し上げます。
6月2日 対府交渉
府内調整難航中、センター開放2ヶ月で500万円(本田氏メモ)
6月3日 対市交渉
府、市協調してやりましょう(本田氏メモ)
6月5日 対府交渉
6月9日よりセンター夜間開放を行う(本田氏メモ)
6月6日 府庁前野営地 朝食時年令調査結果 980606-koudounenrei.xlsx
6月7日 府庁前野営地 日曜
6月8日 対府交渉 協議事項の確認(本田氏メモ)
6月8日 対市交渉
センター夜間開放時、毛布とミネラルウオーターをだす(本田氏メモ)
6月 センター夜間開放にかかる協議事項(案) 980600-sentakaihou.docx
【目的】
あいりん地域内で多くの労働者が野宿を余儀なくされていることから、梅雨期の緊急避難的一時措置として、反失連の自主管理のもと府・市が協同し、あいりん労働福祉センター1階寄場を夜間開放する。
【開放場所】
・あいりん労働福祉センター1階寄場[別紙図面で指定する区域]
・指定区域以外は使用しないこと
【開放期間】
・平成10年6月9目(火)から、7月31目(金)まで(平成10年8月1日午前4時まで)
【開放時間】
・午後7時から翌朝午前4時まで。但し、暴風雨時においては、別途協議する。
6月9~25日 センター夜間開放宿泊数 980600-sentasyukuhaku.xlsx
カンパン1,280食 ミネラルウオーター1,200缶(本田氏メモ)
6月9日
5月~6月 赤痢発症週別集計 980627-sekiri.docx
5月中:6人
6月1日~7日:12人
8日~14日:16人
15日~21日:4人
22日~ :1人 6月26日現在計39名
6月14日 センター
6月19日 釜ヶ崎差別と闘う連絡会議 センター聞き取り調査
6月22日 医療センター 赤痢特別受付
6月29日 野宿者簡易アンケート集計結果 980629-sentanenrei.docx
センター夜間解放にともない乾パン配布が午後7時から行われている。乾パンを受け取る労働者は午後5時にはすでに列をなしている。連日1,800名を越えるその集団の性格を把握するために、聞き取り調査が企画され実施された。
午後6時にセンターのシャッターが一時閉まるまでに、乾パンや毛布などを運び込み、6時45分に一部のシャッターが開いて、ブルーシートを敷く作業が始まるまでの時間を利用して、夜警メンバーによって聞き取りが行われたので、全数調査というわけにはいかず、列の先頭から聞き取りを始め541名の聞き取りに留まった。列の先頭部分と他の部分とに性格の違いがあるかどうかは検証できないが、おおむね大差はないものと思われる。聞き取りの項目は次のとおり。
1.年齢 2.釜ヶ崎に来て何年か 3.野宿をして何ヶ月か 4.主にどこで寝ているか 980629-sentanenrei.xlsx
7月10日 赤痢流行 検便の呼びかけ
7月14日 センターで検便器配付
7月15日 知事市長宛 赤痢と野宿状況の蔓延をくい止める対策を要求する 980715-sichou.docx
5月末より発生した釜ヶ崎(あいりん地区)を中心とした赤痢の流行は、7月10日現在49名の感染患者が確認されるにいたっている。
赤痢の発生と感染の広がりは、不衛生で栄養失調気味な野宿生活を強いられている労働者が釜ヶ崎を中心に4千人近く(当会は5月9日調査で3,422人を確認している)も存在していることに原因がある事は常識的判断で明らかなことである。にもかかわらず、野宿状況の蔓延の打開に有効な対策を講じないのは、元々下痢気味な野宿者が多いことゆえ赤痢の下痢が増えても大した問題ではない、赤痢が野宿層以外に広がらないことを中心に対策を行えばよい、と考えての差別行政と判断せざるを得ない。
増大する野宿層への対策について大阪府労働部は「野宿者対策は民生問題」といい、大阪市民生局は「就労対策が必要で大阪府と協議して対策を行いたい」と述べ、府市一体となって責任逃れに終始している。当会がこれまで要求してきたのは、府市一体となってのたらい回しではなく、府市一体となった問題解決のための施策実施である。
府市の認識で一致しているのは、「ここまで来れば国の問題」であるかのように思われる。
しかし、それは責任逃れというものであり、地方自治の否定である。状況に応じ国に要望することは当然としても、それを理由に地方行政としての職務を放棄することは許されない。とりあえずの対策である「センター夜間開放」の7月31日打ち切りを目前にしても、釜ヶ崎の状況は何ら変わっていない。今こそ、本格的対策が実施されるときである。
7月15日 知事市長宛の付帯文書(5月19日要求項目) 980713-chijisichou-futai.docx
赤痢流行に鑑み、追加項目
1. あいりん総合センターのトイレを改修(排水ボタンをペダル式に・手洗いの蛇口を上向きにするなどコックに流水がかかる構造に)し、トイレットペーパーを常備すること
2. 浪速区内各公園に公衆便所を設置すること
7月29日 「センター夜間開放利用者」調査 1998-7-29c.pdf
調査主体:大阪市立大学文学部社会学研究室(代表森田洋司)調査者は大阪市立大学、大阪府立大学、神戸学院大学の教員、学生、大学院生
調査日時:1998年7月29日午後4時~7時
調査対象:本年6月7月の2ヶ月間にわたって行政によって実施された、西成労働福祉センター1階「寄り場」の夜間開放と「乾パン・水の支給」を利用するためにセンターに集合した野宿生活者(回答者数は887人)
7月30日 センターで検便器配付 大阪市職員による
8月 単泊について(個人メモ) 980800-tanpaku.docx
8月3日~7日 市庁前 野営闘争(5日間)
連日朝昼 対市交渉
回答 9月末まで特掃11名枠増。
臨時ケアセンター利用枠を拡大する(1回45人の2泊3日、8月17日から9月末まで)
センター開放時のカンパンと水の支給
次年度より特掃事業を地区内に限定せず、拡大を想定して予算編成する(本田氏メモ)
8月 仮釈放 藤井さん 1997年12月2日からほぼ10ヶ月の不当拘留(本田氏メモ)
8月3日 市民向けビラ 980803-sien.docx
緊急措置として大阪府労働部がセンターの夜間開放を行い、大阪市が乾パンと水を提供し、釜ヶ崎反失業連絡会が運営を行う形で実施されました。しかし、それに変わる対策が示されないまま、7月31日夜で夜間開放は打ち切られました。私たちは路上で死にたくありません。
私たちは、「センター夜間開放」に変わる、もっとまともな仕事対策、食と住の対策を大阪市・大阪府に求めています。
8月12日 夏祭り前夜祭で 総合病院のお医者さんが赤痢対策について
8月17日~9月30日 臨時生活ケアセンター報告 981000-rinkea-1.docx
自彊館三徳寮に臨時に開設された「生活ケアセンター」(1回45名受入れ・二泊三日)の受付け状況について報告します。
受付は、あらかじめ配布した整理券の番号順に行われた。第1回目の整理券の配布は8月16日、午後1時から医療センター前で行われた。この日は、定員枠855名分の正規の整理券と、補欠整理券33枚が配布された。2回目の整理券配布は9月17日に行われ、補欠整理券350枚が配布された。
いずれの配布日にも、前日から列ができる状況であった。
8月22日 野宿者概数調査 説明会
島和博氏による概数速報 「寄せ場」から見た野宿生活者問題 sima-genkou1998c.pdf
8月31日 市民向けビラ 980831-sien.docx
私たちは左記の項目を大阪市・大阪府に対して要求し続けています。
「バブル経済」崩壊後、日雇労働者の街・釜ヶ崎(あいりん地区)にはほとんど仕事がなくなりました。仕方がなく多くの労働者が、公園や路上で野宿生活を送っています。不衛生で栄養も思うように補給できない野宿生活は、野宿者の間に赤痢を蔓延させることになり、すでに四十九人の患者が出ています。また、公園や路上の生活は、通行者や公園利用者とトラブルを引き起こすもとに成っています。
私たちの要求は、私たち自身の身を守るだけでなく、多くの都市生活者に共同の利益をもたらすものであると信じています。
9月21日 知事市長宛 季節の冬を目前に改めて釜ヶ崎対策を要求する 980922-chijisichou.docx
大阪市の「臨時生活ケアセンター」も9月末で打ち切りとなり、行政の追加的な野宿者対策が、皆無の状態になろうとしている。民間の善意を集めての炊き出しはかろうじて継続されているが、行政の側からする野宿者対策が存在しない状態は、野宿を余儀なくされる労働者の社会的孤立・疎外感を深めるものであり、広く社会の人心の荒廃をもたらすものである。新たな釜ヶ崎対策の枠組みの確立がなされなければならないことはいうまでもないが、日常的な、細々としたものであれ、少しは実のある、目に見える対策が実行されなければならない。
これまでに、高齢者清掃の実施、センターの夜間開放、乾パン・水の支給、越年臨時宿泊所の拡大実施、臨時生活ケアセンターの設置などが、臨時・応急的な対策として続けられてきた。釜ヶ崎の状況が一層悪化している現在、何の追加措置もとられないことは、許されないことであると考える。野宿状態の長期化で路上死は増え続け、秋風の訪れとともに自殺・自殺未遂が話題となっている。待ったなしの対策が求められている。
10月5日~17日 大阪市庁舎前野営闘争(13日間-1日平均630名参加)(本田氏メモ)
10月6日
10月7日
10月8日
10月16日 市からの交渉要請
回答 市庁前撤収が条件となる
特掃の清掃範囲を拡大して10名枠増(10月26日~3月末まで)
臨時ケアセンター利用を延長(10月26日~11月末まで)
カンパンの支給(1日1000食・11月1日~11月末まで)
三徳寮うらの空き地900㎡を貸与する(11月1日~12月28日まで)(本田氏メモ)
10月17日 死去
野営闘争に参加していた、荒木徳治さんが、市庁舎東入口のひさしの下で、早朝、亡くなっていた。(本田氏メモ)
10月26日~11月27日 臨時生活ケアセンター報告 981100-rinkea-2.docx
自彊館三徳寮に臨時に開設された「生活ケアセンター」(1回45名受入れ・二泊三日)受付け状況報告
受付は、あらかじめ配布した整理券の番号順に行われた。第1回目の整理券の配布は10月18日に行われた。2回目の整理券配布は11月25日早朝に行われた。いずれの配布日にも、前日から列ができる状況であった。
1. 利用状況
定員数は675名であったが、反失連受付終了後、三徳寮の受付けに間に合わなかったものが2名、赤痢感染者が3名あり、実際の利用者は670名となった。
利用者670名の内訳は、1回のみ利用が620名、2回利用が50名である。
11月1日 第3回釜ヶ崎フォーラム
11月 臨時生活ケアセンター(8月・11月期)報告 981100-rinkea.docx
10月31日~11月4日 三徳大テント建てこみ(5日間)
大テントに並べてアルジェリアテント建て込み。合わせて310名分の自前シェルター(土地は大阪市から無償貸与・11月1日~12月28日まで)(本田氏メモ)
11月4日 大阪市無償貸与の敷地に大テント設営完成
11月5日 大テント及びアルジェリアテント使用開始
11月12日 知事宛 緊急冬季対策申し入れ 981112-chijidocx
先の「季節の冬を目前に改めて釜ヶ崎対策を要求」したのに対し、大阪府は対策をもつて答えることをせず、今日に至っている。
横山ノック大阪府知事は、「大阪府財政の建て直しのために、府民にも痛みを分かち持っていただきたい」という一方で、公約である「福祉重視」は取り下げてはいないとも述べていると、府議会の様子を報じている新聞を読んで知った。
釜ヶ崎の労働者、なかんずく野宿を余儀なくされている労働者には、これ以上「痛み」を分担する余力はない。「労働福祉の充実」「労働対策即時実施」を求めるのみである。
大阪府労働部はこれまで「あいりん地区」の労働行政を担当してきた。不況の今こそ力を発揮すべきであるにもかかわらず、「財政難」を理由に無策に打ちすぎるのは、「無責任」の謗りを免れ得ないところである。
12月3日 知事市長宛 越年・越年後対策についての申し入れ 981130cijisichou.docx
大阪市は先に市内野宿者数(8,660人)を確認し、大阪府は横山ノック知事が直に釜ヶ崎の窮状を視察した。
にもかかわらず、大阪市は例年の越年対策の期間や規模に固執し、野宿者に対する新しい取り組みの枠組みを明らかにしていない。しかも越年対策の規模は、自らが把握し発表した数を大きく下回るものでしかない。(「あいりん地区」の越年対策であり、市内全体の野宿者対策ではないと大阪市が主張したとしても、釜ヶ崎労働者が仕事がないために野宿を余儀なくされ市内全域に拡散させられていることは周知の事実であり、それらの労働者への対策はあいりん対策として考慮されるべきものである。今、仮に大阪市調べの野宿者数のうち西成・浪速・天王寺・中央の各区の野宿者だけを前述の条件に該当するものとしても5,500名を越える。)
大阪府はさらにけしからぬことに、当初の、今年度センター清掃の規模は昨年並みとし、次年度においては通年化を目指す、を大きく後退させる姿勢を示している。
釜ヶ崎内であるいは周辺、市内各所で、野宿を余儀なくされている労働者は、「近隣住民の迷惑」を理由として追い立てられ、舞い戻り、また追い立てられるという苦難を背負わされている。そもそも国際的に、代替住居を提供しない追い立ては許されていないのであり、国際社会の賛同を得てのオリンピックの招致を目指す大阪市が行ってほめられることではない。
釜ヶ崎を視察した横山知事は、視察後も現状を放置し続けていることについて見識を問われるものである。赤痢流行は労働者を野宿の状態から抜け出せる労働対策を打ち出さない大阪府にも責任はある。
12月10日 大阪府市 回答
府 特掃1月20人枠 2月10人枠
次年度国の日雇い労働者の補助助成金11億円
夜間開放は、2月末まで
市 平常時援護体制をつくる
臨時宿泊所は300人規模に拡大する、
国への要望を強めていく(本田氏メモ)
12月10日 釜ケ崎居住問題緊急アピール 981210-kyojyu.docx
野宿をなくし、「人間居住」を実現するための緊急策と抜本策
西成労働福祉センター労働組合・同・釜ケ崎居住問題懇談会
釜ケ崎(あいりん地区)を職場とし、毎日そのような人々と接する身として、私たちは痛苦に満ちた日々を送っている。
緊急対策を求める当事者団体自身の体を張った運動が、国会(議員視察)・行政等の動きを引き出しつつあるように見えるが、そこには長期的な視点、長期ヴィジョンが欠けているように思われる。
私たちは専門外ではあるが、ここに緊急の野宿者対策とあわせて釜ケ崎地域居住間題全般についての私たちの考え方のあらましを示し、それが事態の改善の一助となることを心から願うものである。
12月21日 センター夜間開放
初日 初めて銀マットを使用 960枚(547,029円)
センター内隅に毛布置き場をつくる(府と覚書をかわす)
センター 900名 三徳テント 310名
あいりん生活道路清掃事業等 就労人員の推移 980000-dourosyuurousu.docx
(単位:人)
年度 大阪市 全体占める割合 大阪府全体に占める割合 合計
6 2,110 42% 2,880 58% 4,990
7 4,020 65% 2,160 35% 6,180
8 6,600 72% 2,520 28% 9,120
9 7,610 71% 3,050 29% 10,660
10(見込み) 9,740 75% 3,330 25% 13,070
11(見込み〉14,460 77% 4,440 23% 18,900
あいりん対策一覧表(平成8年~10年数字) 980000-taisakuichiran.docx
平成8年=1996年 平成6年=1994年