1911(明治44)年5月28日 大阪朝日新聞
慈善事業講演会
法学博士小河滋次郎氏が 内務省の嘱託を受け 京阪神の慈恵救済事業調査中なるを機とし 大阪慈善協会は 27日午後4時 博士を聘して 府会議事堂にて 左の講演を聞けり
我が邦は犯罪人の数 世界に冠たり 欧米に於いては 犯罪人を未然若しくは事後に救済する機関具備するに由り 刑罰を受る数減少すれども 我が邦にては然らず 是 其一因なるべし
紐育市の如きは 年年救済事業に一億弗を払い 英国にては感化事業費 監獄費よりも多し 独逸にても年々1億6千麻克以上を出しつつあり 又 米国にて此の事業に払ふ金額は陸海軍費と同額なり
我が邦にては 此の事業は僅かに個人の経営に係り 国家及び公共団体としては殆んど一文も支出し居らざれば 再犯累犯の危険分子は次第に増加する一方なり
凡そ前科者の百分の四十は20歳未満に於いて初犯を為せる者なり 刑法に論ぜらるヽ犯罪者は14歳以上なれば 14歳以下の不論罪者を数ふれば 恐くは前科者の百分の九十は 20歳以下に初犯を為せるものとなるべし
是等の不良少年は 刑罰前に適当の処置を施せば真人間になるべく 其の処置は教育を以てすべく 刑罰を以てすべからざるなり
且 不良少年は実に於て 刑罰よりも感化院を忌めり 刑罰は期限あるも 感化院は20歳までは決して放還せざるに由る 此理由を以て考ふれば 14歳以下の不論罪は之を延ばして 少なくとも16歳以下とし 之を感化院に収容するを得策とす
此の策を以てすれば少年犯罪の減少は期して待つべし
又 不良少年の感化よりも尚大切なるは 貧児孤児の保護なり 此の保護行届けば不良少年は減少すべし
猶溯りて哺乳児の保護も最も大切なり 我が邦に於ける哺乳児の死亡率は時には百分の四十以上に上るを見る 是等哺乳児の保護行届かざる結果は 例ひ成長すとも 多く体質薄弱者を出すべく 不良少年の多くに発育不充分者を見るより考ふれば 哺乳児保護の如何は 犯罪と大関係あるを知る
尚 進んで 産婦、妊婦の保護に行届かざれば 生児は先天的に不健康者たるを免れず、
我が邦に救済事業の発展せざるは、政府及び社会に於ける上流の人々が 救済事業は 道徳的事業にて 国家が権力を以て強ふべきものならずと 誤解し居るに由るが如し
然れど 正当に労働して而も貧困なる者は 国家が之を救済する義務あり 之を 不完全なる個人に任せ置くは決して事の宜きを得たるものに非ず
之を要するに 救済事業は犯罪者を減少すべき必要の機関なれば 国家的事業として経営すべきものなりと考ふ 云々