8 少年環境と非行実態 

(1) 概要

当地区は、日雇労務者、犯罪前歴者、無籍者がい集し、経済的にも社会的にも最悪の環境におかれている。この地区の狭い路地は、人、自転車の通路であるばかりか、炊事場を兼ね、洗濯物がほされ、その下をくぐらねば通行できないのが実状である。しかも、子供たちにとってはこの路地裏が唯一の遊び場となっている。したがって、少年たちにとっても、西成区で一番環境の悪いところといわれている。

子供たちの多くは欠損家庭の子弟で、また両親があっても職業の不安定なものが多い。そのため保護者の子女に対する教育の関心度はきわめて低く、そのうえ家庭的な諸事情等がからみあって不就学児が増加し、家庭的に恵まれないこれら少年はどうしても不良化、犯罪化へとつながっていく。このように釜ケ崎を中心とした子供たちの生活境遇は、文化生活といった言葉が通じない、また手のとどかない環境にある。

最近の府下における少年犯罪の傾向は質、量ともに悪化の一途をたどり年々深刻の度を加えている。本年上半期では、最高数字を示した昨年をさらに越える8,342名を記録している。このうち西成は333名で全体の4%をしめている。

これらの子供たちは、昼めし代りにもらった10円でパンを買ってたべるが、育ち盛りの子供たちには、10円ぐらいではどうにもならず、結局人の物に手をかける。日雇人夫が公園あたりでばくちをやっているのを見覚え、子供たちが盗みをしてきては、その金をかけて遊ぶ。暴力団が警察に対抗する姿を子供たちは英雄視し、やがて暴力にあこがれるようになる。集団が大きな力であることを少年たちは知っており、バッジをつけることを誇りとし、少年非行は集団化し年ごとにふえている。これがこの地区居住少年の姿である。

非行の実態を統計数字からみると、第1〜第3表のとおりである。

(2) 少年非行集団の実態

西成署管内における暴力団の実態は前述のとおりであるが、これらの暴力団が家出少女を売春させたり、経済的に恵まれない子供たちに盗みを教え、あるいは暴力の主人公を英雄視する少年たちを手先きに使ったりして、少年の非行を助長し、集団非行に追いやっている。

西成区の少年非行集団は58集団、307人で大阪府下総数の6.4%人員にして7.1%である。釜ケ崎地区の少年非行集団は23集団、123人で西成区少年非行集団の39.6%人員にして40.1%であり大阪府下総数の2.5,人員にして2.8%である。

大阪府下、西成区、釜ケ崎地区の少年非行集団の状況は右表のとおりである。

(3) 旅館等を利用した少年非行の実態

旅館業者の多くは営利追求のみにはしり、青少年の健全な育成といった観念にとぼしく、むしろ非行ないしは少年たるの情を知りながら歓迎している向きもあり、また利用する少年たちも桃色遊戯、飲酒、マージャン等交遊の場、グループのたまり場として利用したり、さらには旅館等を根城として、窃盗、恐かつ等の犯罪行脚を続ける等の実状にある。

大阪府下における少年たちの旅館等の利用状況を過去1カ年間(34.6.135.5.31)にわたって調査したが、その実態は次頁第1表のとおりで、西成区に379軒全府下の75%が集中している。

この西成区の旅館の大半は第2表のとおり、「釜ケ崎」の簡易宿所であり、379軒のうち329軒全体の86.8%までをしめている。
 非行少年の年令別ではその大半を高年令層でしめているが、一見してだれにでも判別できる年少々年の利用者も見受けられることは、業者の無関心のほどを裏書きしている。

 罪種別では窃盗がもっとも多く、次いで恐かつ、強かん、売春がおもなものである。

旅館等を利用したぐ犯、不良行為少年の年令別では、利用非行少年と同様、高年令層に利用者が多いが、なかには桃色遊戯の事例をみられるように、一見して少年であることはだれにでも判断できる少年を休憩または宿泊させ、無関心にこれを傍観し、また酒類の注文に容易に応じて提供するなど営利のみを追求する業者の悪質事案が多い。 

(4) 不就学児童等の実態 

ア 概況

西成区、浪速区には犯罪者、日雇労務者、住居不定者、生活破たん者などが多数い集しており、彼らのほとんどは子女に対する教育関心がうすく、日々の生活に追われてその余裕がないとの理由から、これらの子弟で学齢期にありながら就学していないもの、または、1カ月以上連続して登校していないもの(以下不就学児童等という)が多数現存している。

そこで、こうした不幸な環境から1人でも多く救い出すことが、青少年の健全な保護育成をはかる上からも、また不良化予防の見地からも重要なことであると考え、昨年1カ年間、天王寺補導センターでは、西成、浪速区内のスラム街を中心に、社会の断層の中におきわすれられた不幸な不就学児童等の早期発見につとめた結果、129名の不就学児童等を発見した。

この129名のうち疾病など児童自身に原因のある者もいたが、そのほとんどは片親、継母、一家離散など家庭構成に欠陥のあるもの、その他貧困、家庭不和、放任、無理解、家庭びん乱など家庭の悪環境がわざわいしているものであった。なかには知能指数も優秀で本人も強く勉学を望んでいるが、いろいろな事情から通学できないものも見受けられた。

以下は129名の不就学児童等に対する分析結果の概況である。
イ 不就学児童等の状況

(ア)学階別

(イ)不就学児童等の居住地分布状況

 釜ケ崎地区、水崎地区で、107名全体の83%を占めている。

さらに町別にみると、最も多いのが東萩町の35名、次いで馬淵町の28名となっており、ともに西成区、浪速区内のスラム街のなかでも最悪環境地域といわれるところがそれぞれ高率をしめしている。 

(ウ)不就学児童等の年齢別調査

()不就学児とは、義務教育課程にありながら正当な事由がないのに1年以上就学していないものを示す。

 未就学児とは、学令に達しながら正当な事由がないのに全然就学していないものを示す。

  長期欠席とは、正当な事由がないのに1カ月以上連続して登校していないものを示す。

(エ)不就学の期間別調査

(オ)不就学児童等の非行歴調査

 129名のうち非行歴のある者は35名(27%)、非行の種別についてみると窃盗が最も多い。

() 不就学児童等の措置別調査

129名のうち45名は、それぞれ各小、中学校に就学させたが、本年4月の新学期にこれら就学した児童の進()学状況を調査したところ、

○進学状況

卒業したもの       5

進級したもの      33

転出したもの       7

○通学状況

全出席又は出席良好なもの 42

出席状況の悪いもの     3

となっており、予想以上に好成績であることがわかった。

() 就学児童の学校別調査

ウ 家庭環境の状況

取り扱った不就学児童等の発見当時における家庭環境と就学の障害となっている諸問題(解決就学したものを含む)を検討してみると、不就学児童の大部分が家庭環境と地域環境に支配されていることが看取され、本人の先天的素質等による不就学はごく一部分にすぎないことがうかがわれる。 

() 住居別調査

この表は不就学児童等の住居についてみたものであるが、全体の48%にあたる62名が日払いの簡易宿所に居住している。またスラム街を形成している浪速区水崎町あるいは馬淵町及びその周辺でバラック住まいをしているもの21(16.)、貸し問13(10)、南海本線高架添いなどの掘立小屋住まい6名となっている。貧困者用の市立共同住宅あるいは2階借りなどのやや恵まれた住居者8名を除く121(93)がきわめて悪い住宅環境におかれている。

 

(イ)家族と住居との状況

調査可能な109名について住居の面積を畳数に換算し、家族と住居の関係をみると63呂のものが3畳から4畳未満の間において生活をしており、2畳から3畳未満のものが27名、4畳から5畳未満のものが9名で、6畳以上の畳数を有する住居に居住するものは、わずかに3名となっている。

5人家族で2畳半の間に生活しているもの8名、7入家族で2畳あるいは2畳半1間で生活しているもの3名、さらに8人の大家族で3畳あるいは3畳半余の間で生活しているものが6名もあり、最悪の環境におかれているものといえよう。

(ウ)住居と家賃の関係調査

 道路不法占拠による掘立小屋、あるいは大阪市立共同住宅及び行方不明などによって調査対象外となったものを除く88名について調査したところ、月額3,000円から4,000円未満の家賃を支払っているものが44(50)で最も多い。3畳余の1問を高級住宅なみに5,000円以上の月額家賃を支払っているもの11(12)があり、また追い込み1160円の雑居部屋に居を定めているものも1名あった。5,000円以上の家賃を支払っているものの大半は夫婦共かせぎ、あるいは不就学の児童を除いて、家族全員がいくらかの収入を得ている家庭である。 

(エ)月収状況調査

この調査は、所在(行方)不明者あるいは、回答を拒否されたため調査不能になった者などを除いた87名のものについて実施した。

月額12,000円から14,000円未満のもの22(28)14,000円から16,000円未満のものが15(16)となっており、月収10,000円から20000円未満者が71(78)となっている。

月収8,000円未満のもの1名は生活保護をうけている母子家庭である。

家族数と収入との関係をみると、2人家族で17,000余円を得ている者が最高であり、5人家族で9,000円余を得ている者が最低である。

低い収入の割に高い家賃を支払っているほか、大部分の保護者が毎夜安酒をあおる関係上、生活はますます苦しくなりその日暮しに追い込まれている状態である。

保護者の状態とその職業について調査可能者112名について調査したところ 

a 保護者の状況

欠損家庭は50名で全体の45%であるが、継父母家庭を含めると、実に64(57)が不完全な家庭となっている。

妻がかん通して子をもうけ、この乳児を置き去りにして他の男と家出したため、残った夫が7年間も実子のように育てている特異なケースや、母方の連れ子の父親が各人異なり、入籍手続未済のまま放置され、未就学を続けているなど、複椎な様相を呈しているものもある。 

b 保護者の職業

日雇労務者は47名で全体の42%をしめ、さらに大工、左官などの手伝職及び拾い屋などを含めると74(66)がその日かせぎの入たちである。 

e 不在家庭 

 不在家庭は70家庭で全体の62%にあたり、これらの家庭ではいきおい児童は放任され長欠児、不就学児となり街頭を浮浪している。これらの児童は昼食費を含めて20円、30円の小使銭を与えられているだけで、食事代にも事欠くことなどが原因となり、類が類を呼び集団となって万引あるいは店舗荒しなどの犯罪を敢行する者や、23人による集団窃盗を行なう者も相当多い。

(オ)保護者と職業別調査表

エ 不就学問題と今後に残る諸問題(障害となっている問題点)

不就学問題と取り組んで1カ年、その間には、手続上の諸問題や保護者や関係機関の無理解等いろんな障害もあったが、家庭的な諸問題や経済的な事情等を除いては、次第に好転し、就学手続き面で最初難色を示していた関係機関でも漸次協力を示すに至ったので、今後の成果が期待される状況となった。しかし、なお今後に残る諸問題としては、次のようなものがあげられる。 

(ア) 保護者に対する指導

家庭の混乱による崩壊家庭、教育に対する無関心等保護者に対する啓発指導を継続して行う必要のあるものも相当ある。 

(イ) 入学資金の援護

日雇労務者等生活困窮家庭も相当あり、入学資金(準備金)に対する援護措置等の必要が痛感される。 

() 問題児に対する指導

本人の学校ぎらいが主原因で長期欠席、不就学となっているものも相当あり、また転校時の孤独感や差別的取扱い等から学校をきらう子供もあるので、学校連絡の強化と適切な指導が必要である。 

エ) 世論の喚起と養護施設の設置 

不就学問題の実態と分析結果並びに今後に残る諸問題等については前述のとおりで、今後の推進については補導センター員の熱情と関係機関の連絡協調、さらに世論の喚起と相まって実施しなければならない幾多のことが残されている。この地区の住人には日本各地から転々と浮浪して移住してくるいわば旅行者(浮浪者)が多く、不就学児童のほとんどはこのような親に伴われてきた子供たちである。

このような子供たちを市民権のない少年として放任することなく、準大阪市民として、通院()を指導し、一定期間(3カ月〜6ヵ月)を過ぎれば普通の小中学校に通学させる予備校的(分校でもよいが養護を加味したもの)な養護施設が設置されることが望ましい。


9 結び


この地域は、大阪最大の公娼街であった旧飛田遊郭および南大阪随一の繁華街である新世界、ならびに阿倍野ターミナルを近くに控えて大きくなってきたスラム街であるだけに、ここには大都市の悪い面だけが集中的にあらわれており、警察活動の対象となる諸現象もまたまことに複雑多岐なものがある。

この地域を構成する住民の大部分が社会の落伍者であり、人生に希望をもてぬ退廃的、怠惰な人たちであるだけに、ここに各種の犯罪や反社会的行為が多発することはむしろ当然というべきである。

しかし、そのことだけが理由となって発生している犯罪や警察対象事案は、今回のような事件は例外として概して微細なものが多く、警察的にさして大きくとりあげられる問題ではない。むしろ、他の各種行政官庁の諸施策をまって解決される問題が多いといえるのである。

ところが「犯罪の町釜ケ崎」のさらに代表的犯罪といえる暴力、売春、麻薬、ぞう物犯等の各犯罪は、それぞれ入りまじり、からみ合った組織と人間(これらが今回の事件を実質的に指導した)で行なわれてはいるが、これらの犯罪に関係する者は地域全体からすれば比較的少数なのである。

ここに今後の警察活動上検討を要する問題がある。

防犯警察的にみた場合、西成、浪速の防犯協会をはじめ各種の市民団体はこぞってこの地域の浄化について熱意を示しているのであるが、かんじんの釜ケ崎、水崎の両地域では、これらの団体を支える人の大部分がこの地域独特の社会構造、経済、労働環境から直接、間接に利益を得ている人たちである点、非常に困難な問題を含んでいる。したがって、業者団体を通じての防犯活動は熱意をもってねばり強くおし進めることが必要である。

このような条件のもとで防犯警察の立ち場からの当面の施策としては、 

(1) 積極的にこの地域の住民の中にとけこみ、防犯相談をはじめ住民のあらゆる苦情、欲求等について進んで相談を受けられるよう、あくまで彼らの立場にたって防犯活動を推進するため、防犯相談コーナ(警部以下7)を設置し、91日から発足した。

(2) 犯罪と陰さんな気風を一掃するためにも防犯灯を増設し、町を明るくすることが必要であり、現在必要な防犯灯の調査を完了し、大阪市および附近民間団体の協力を得て、これが実現につとめている。 

(3) 無登録の日雇労務者の就職をあっせんし、やみ手配師を追放して搾取から解放するため、91日大阪府労働部が設置した同西成分室の業務に全面的に協力するとともに、積極的にやみ手配師に対する取締りを実施し、労働環境の浄化に努めている。

いずれにもせよ、この地域に対する警察活動は、府、市当局をはじめ各種行政官庁の行なう施策と一体となって進めることが必要であり、これらの諸官庁と緊密な連絡を保ちつつそのときそのときの情勢に即応して総合的、効果的施策を推進してこそ真の警察目的が達戎せられるのである。