142-衆-安全保障委員会-2号 平成10年03月12日
平成十年三月十二日(木曜日)
午前十時開議
本日の会議に付した案件
国の安全保障に関する件
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○西村(眞)委員 ぜひよろしくお願いいたします。
北朝鮮は行方不明者の捜索には協力するというようなことを言っておりますけれども、実は、それを聞いて一番危惧しましたのは、結局日本が捜している行方不明者は我が国にはおりませんよ、いろいろリストを上げましたけれども結局おりませんよ、こういうふうに存在そのものがおらないという状況にして言ってくる可能性がある、こういうふうな危惧を私は持ちました。
また、外交の御努力は私もよく心得ておりますけれども、私は議員としての立場で、我が国は拉致日本人救出の武器があるんだ、毎年北朝鮮に渡航する在日の方々は一万人近く、新潟を初め各地に毎月二回、万景峰号は二回以上の頻度で着いております。これらを再入国の許可をしない、里帰りの日本人と同じ人数に絞るとか、そういうふうな手段はやはりあるんだと私は思っております。そういうことを申し上げた上で御努力をお願いいたします。
さて、きょうの新聞をきっかけにしてこれから質問を始めるわけですが、橋本総理が十四日からインドネシアに行かれる、インドネシアに行かれて、本当にハードスケジュールで、十五日の夜には帰国されるということを聞きました。
この記事を拝読したときに、インドネシアと日本との関係において行かれることに何ら私は不満を申しておるわけではないのですが、まず第一に思い起こしたのは、田中角栄総理のときの反日暴動なんですね。
あのときの外務省は、田中総理が行かれることに際して、反日暴動のおそれはない、可能性はないと見たわけですね。しかし、外務省と反して、あのときは根本龍太郎先生を団長に、渡辺美智雄先生、梶山静六先生等々が事前に十一月に調査に行かれた、そのときに、私が聞くところによると、インドネシアは危ないぞという情報があった。大平元外相がカトリックのみずからの独特のネットワークを通じて聞いたところによると、やはり危ないというふうな報告だったと、私は調べて認めておるのですけれども、外務省は大丈夫だと言って、田中角栄総理が現地で包囲されて、ヘリコプターで脱出する。一歩間違えば、戦後日本最大の外交の失策、無策を世界にばらすところだった。
これをなぜ外務省が見抜けなかったのかといえば、こういう構造があるのです。
財閥華僑がインドネシアにおいては経済を独占している。いかなるきっかけの暴動であれ、今回もそうですけれども、暴動が起これば必ず華僑が襲撃されているのです。これはインドネシアに限らず、植民地支配されたアジアの植民地体制に原因がありました。
つまり、大多数のマレー人にプランテーションで農業をする以外の職業を禁じる。経済は華僑を呼んできて握らせる。そして、分割統治する。この構造でありますから、五十年前に独立したインドネシア人が直ちに経済にたけて、そして経済を運営するということはできず、その間隙を縫ってまた華僑が帰ってきた。そして、マスコミも華僑が支配している。経済も支配している。こういう状況の中で、日本企業がこの財閥華僑と安易に結びつき過ぎたという点です。
それからもう一つ、日中国交回復がありましたけれども、インドネシアは一九六三年九・三〇事件で中共に対する敵がい心が非常に旺盛であった。九・三〇事件、十月一日は国慶節ですから、いかなる関連のもとに起こった事件であるかはこれでわかると思うのですけれども、周恩来の指示による世界第三位のインドネシア共産党が暴動を起こした。百万人近くがそれによって死んだ。こういう記憶のあるところに、中共、華僑に対する反発が我が国に転化したわけです。これが田中総理が行かれたときの暴動の背景にあることです。
今回はどうかといいますと、今回は財閥華僑に対する反発が極めて強い。余り報道されておりませんけれども、華僑はかなり襲撃されております。華僑の財閥はシンガポールに毎日帰って、寝ておるという状況です。
そしてまた、スハルト政権というものがどういうものかといえば、スハルト一家が財閥華僑と同じように経済を握っている、特権を握っている。現地の人たちが言うには、フィリピンのマルコス末期に似てきた。そして、すごいインフレです。カップヌードルが三倍もして、ミルクが四千ルピアだったのが三万二千ルピアになった。インスタントラーメンが二百ルピアから八百ルピアになった。やっと育った中産階級が深刻な打撃をこうむっておる。倒産と失業とホームレスと物価高、華僑の両替商と質屋は繁盛している、こういう状態なんですね。
そして、現在のインドネシアの方々にとっていかなる構造でこの危機が起こってきたかといえば、これはシンガポールのリー・クアンユー上級相が言われていることですけれども、日本には悪気がない、それは認めるけれども、バブル崩壊後の日本の経済がなかなか正常に戻らない、そして円安になる、ドル高になった、このドル高がアジアの危機に及んできたんだ、こういうふうにリー・クアンユー上級相も言っておるわけです。
さて、これを申し上げたら、今回の橋本総理のインドネシア訪問において、田中角栄総理のときの状況が案外再現されてきているというのはおわかりいただけると思うのです、私が申すまでもありませんが。つまり、田中総理の訪問のときに、申し上げた財閥華僑への反発、そしてスハルト政権への反発、インフレ、失業、中産階級の壊滅的な打撃、そしてその打撃に対し、日本を原因者とする意識がある。そして、日本の企業は、向こうで経済を握っているのは財閥華僑ですから、財閥華僑と結びつかざるを得ない。
したがって、橋本総理の御訪問でお願いしたい点はただ一点でございまして、経済を再建さすということは、経済を支配する財閥華僑を支援しに
来ているんだという印象を決してインドネシアの民衆に与えてはならない。危険だということです。
それからもう一つ、スハルト一家を支援しに来たんだ、経済の支援に来るというのは、財閥華僑とスハルト一家を守るというふうな構造になっておるわけですから、難しいことですけれども、インドネシア民衆にこういうふうなイメージを持たれては非常に困ると思うのです。
したがって、橋本総理は、スハルト大統領のみにお会いされるのではなくて、広くインドネシアの人材にざっとお会いしていただきたい。例えば、メガワティ女史の指南番で元外相のルスラン・アブドロガニー博士、また若手の軍人にもお会いしていただきたい。そして、チョコロ・プラノロ中将は、つい最近まで日本で入院されて、療養されて、今帰っておられますけれども、こういうふうな親日的な方々。また、私とは余り年齢は違わないのですけれども、東京農大出身のギナンジャール経済企画大臣。スハルト一家のみに会って、支援策を約束して、日本へ帰ってくるというイメージよりも、インドネシア民衆を相手に、民衆の支援に来たんだというふうな発信をインドネシアに与えていただきたいな、同じ構図になりかねぬぞ、こういうふうに非常に私は思っております。
外務省の状況判断を疑うわけではありませんけれども、田中角栄総理のときのあの失策は事実でございまして、また同じインドネシアでございます。そしてまた、さかのぼって言うならば、九・三〇事件の後でスハルトが出てくるのかスカルノが居座るのか、この判断も外務省は余り的確ではなかったように思います。
また、もう一つ、飛びますけれども、村山総理が謝罪してマハティール首相にたしなめられましたけれども、あれは華僑のマスコミ論調のみを信じて、物を言う手段を持たない民衆の意識を見ることがなかったことからくる失策だと私は思っております。
したがって、外務大臣にどうしてもお願いするのは、インドネシアにいる、いろいろな抑圧といいますか、政治活動はできないけれども、スハルト後にインドネシアを担うであろう人々に幅広く会っていただいて、インドネシア、二億以上の国民全体を救うために、日本の総理大臣がジャカルタに来たんだというふうな印象をぜひ与えていただきたい。大臣、私がるる申し述べましたことについて、大臣にも御意見を伺えましたら幸いでございます。
○小渕国務大臣 委員の御指摘も、日本とインドネシア、この二つの人口は、一億一千四百万の我が国と二億を超えるインドネシア、しかも、アジアの大きな国として関係をより一層緊密にし、力を合わせてアジアの発展、世界のためにいたしていかなければならぬというお考えのもとにお話しいただいているものだろうと思っております。
そこで、総理が土曜日にたって日曜日に、大変短い間でございますけれども、長年の友好国として、現下インドネシアは経済的にも極めて困難な状況の中で、いささかなりとも日本としての考え方を申し述べて、インドネシアをしてこの難局を乗り越えていただきたいという趣旨でお訪ねし、貴重な会談ができるものと理解しております。
ただ、委員御指摘のように、時間が非常に短いものですから、各階各層のあらゆる方々に面談をするという機会は、率直に言って難しいことだろうというふうに思っております。
そういった意味で、せっかく日本の総理大臣が友人として七選された大統領と本当に腹を割って話してこられるということに、必ずいい結果が生まれるように最善の努力をされるものと期待しております。
それから、御指摘のように、我々は歴史に学ばなければならぬとは思っておりますが、かつて田中総理が公式にインドネシアを訪問したときのことについては我々も記憶をいたしておりますけれども、若干変わっておると認識しておりますのは、あの当時、日本が急速にインドネシアに経済的に進出をしたというようなことに対して、日本に対する反発も非常にあったのじゃないかと思いますが、現下、政府といたしましても、また民間同士の、企業間の深い交わりということも含めまして、あのときの反省に立って、経済界の皆さんも非常に神経を払って、かの国の経済に協力をしておるという立場でございますので、私は、あのときのような、我が国に対するいわれなきといいますか、大変な暴動に至るようなことはないのではないかというふうに信じております。
しかし、御指摘の点は種々ございましたので、参考にできる点はぜひさせていただきたいと思います。