あいりん地区総合対策検討委員会報告

「あいりん地域の中長期的あり方」の意義と問題点

                    「野宿者と釜ヶ崎労働者の人権を守る会」


危険水域を越えた長期化のアブレ状況

 

野宿生活者が激増している。釜ケ崎の諸団体が今年5月9日に行った調査では、3,422人の野宿者が確認された。これも西成区を中心に、阿倍野、天王寺公園、日本橋、心斎橋などほんの一部地域を調査したものにすぎない。大阪市全域になれば、その数は予想がつかない。野宿生活者は、昨年の同時期より格段に増加しており、今年に入って4月、5月、6月と増え続けている。

 1日平均の現金求人数は、5月は1,601人と、4月と比べても、前年同月と比べても大幅に減少している。釜ケ崎の日雇労働者数を2万人とすれば、失業率はどれほどになるだろうか。一方、労働省の発表によれば、今年4月の完全失業率は4.1%を突破し史上最高と報道している。釜ケ崎では、何十倍にも増幅されて、日雇労働者を直撃している。数少ない仕事口は、体力のある若い労働者に回っても、50歳を過ぎれば回ってこない。少しばかりの蓄えも底を尽き、ドヤを追い出される。長期化したアブレ状況はこれまで経験したことがない。危険水域を越えた。

 釜ケ崎の高齢化、野宿生活者の増大、路上死問題については、今始まった問題ではない。90年代に入って、次第に深刻化してきた問題だった。しかしながら、こうした事態についての行政の認識は極めて甘いものであった。そのために、釜ケ崎の労働者たちは、幾度となく府・市に対して現実的で有効な対策を、繰り返し強く要望してきた。しかし、その対応はセンターのシャッターをあげることと、乾パンを配る程度のものでしかなかった。

路上死・野宿者問題への危機感がない

 そんな時、府・市の「あいりん総合対策検討委員会」が提言をまとめていると聞き、どのようなものが出てくるかと期待して見守ってきた。そして、ようやく今年2月に『あいりん地域の中長期的あり方』をまとめ、発表した(委員名や目次は、前号で紹介)。以下、これを「報告書」と呼ぶことにする。奇妙なことに、通常ならば委員会の「提言」とか「建議」という拘束力をもった表現にされてしかるべきだと思うのであるが、「報告書」と表現している。そして、その位置づけについて「本報告書では、あいりん地域対策の新しいコンセプトをできるだけ経験的内容をもつ形で提示した。これが、地域発展の指導理念なり、各関係行政機関が、現行施策を見直し、中長期的将来に向けて計画的に取り組まれることを期待する」と述べている。

 今日の危機的状況からすれば、「報告書」はいささかピンぼけ気味である。案分をまとめた時期と公表の時期のタイムラグにも一因があるが、大きくは「中長期的あり方」という表題からもわかるように、「今の問題」をどうするのかという緊急課題への論及を避けたことによる。

 「報告書」には、われわれの会が発足する動機となった路上死の問題、その基礎的数字すら載せていないのに、若干の失望を禁じ得なかった。その他、事実関係の認識についていくつかの疑問点があるが、ここでは、それは言うまい。それよりも、大阪府・市が共同でこの検討委員会を作り、学識経験者の協力を得て、この「報告書」をまとめあげた労を多とし、できるだけ積極的側面を取り出し評価したい。

日本の総釜ヶ崎化の予想は的確、しかし具体策に欠ける

 「報告書」は、雇用対策、福祉、生活環境の3つ柱についてまとめている。そのうち最も重要な雇用対策であるが、ストック型雇用からフロー型雇用への近年の流れのなかで、釜ケ崎の日雇労働を位置づけ直すことを提案している。フロー型雇用というのは、パート、アルバイト、フリーター、派遣などであり、経営者側にとっては、従来の年功序列型賃金・終身雇用制を保障しなくてもよい、安くて使い捨てのまことに好都合な労働力である。そのようなものに位置づけなおしたところで、何か展望が見出されるとは思われない。具体的には、「たんに日雇労働だけを扱うものではなく、それこそフロー型雇用全体を対象にする形での取り組みが求められるべきである」とし、フロー型雇用情報センターの創設を提案している。もっとも、現在のあいりん労働公共職業安定所が行っているのは、アブレ手当の支給ぐらいで、「相対紹介」を追認し、調整機能を行う程度の現状からすれば、フロー型雇用情報センターで「職業紹介、求人情報の提供をはじめ、各種相談、職業訓練など」を行うことを提言しているのは、積極的側面といえようか。

 しかし、このような中長期的対応をとるにしても、今、高齢労働者が直面している困難には、どんな手を打とうとしているのか。「報告書」は、「今日的課題」として、健康で、日雇労働を続けているものと健康を損なっているものに分け、前者には老後の生活費として、「10年間でも一定額をプールできるような制度を工夫すること」、「加えて、建設業等退職金共催組合(建退共)などへの加入が不可欠」と述べている。この提案も、健康で就労意欲をもつ労働者の長期的アブレが常態化、野宿者が激増している今日の状況では、むなしく響いている。

 つぎに、健康を損なっているものに対する対策として、健康回復を優先的に行うこと、回復後は、建設業以外への「転職のための職業・生活指導体制を経過的に整える必要」を指摘している。一例として「自立支援センター」、「これまでの雇用、福祉、環境といった区分を越える性格」をもつ総合的機関としてのセンターをあげている。読む側には、具体的イメージが今一つ伝わってこないが、縦割り行政のなかでたらい回しされ、腹立たし思いを幾たびかさせられてきたことを考えれば、総合的機関として「自立支援センター」は是非、実現されるべきである。また、「労働者のなかから自発的な組織化」、「行政や組合など、関連各種団体の指導・支援」をあげているが。これも積極的に評価できる。

 聞くところによると府は高齢者の就労保障に積極的ではない。その理由は第二の失対(失業対策事業)を認めない国の方針によるというである、百歩譲って、仮にそうであるならば、ワ−ク・シェアリングを行う労働者の自発的な組織である高齢者事業団(仮称)を立ち上げることができるように行政として積極的に支援すべきだろう。せめて、それぐらいは、すべきだろう。

「事後的・回復的援助」より「事前のサービス」を提案

 福祉の課題については、第一に「市民理解の深化」をあげ、路上生活者に対する「自業自得」だという見方を批判し、市民に対しては「共感的理解と、それに基づいた社会的支援とボランティア活動」を、地域社会構成員に対しては、「人権への正しい理解と責任の遂行を期待する」と述べ、人権の視点から正しく野宿生活者問題をとらえている。

 また、大阪市の生活困窮者向けの援助は、「事後的、保護的なものに偏っている」、効果は最も低いにもかかわらず、「コストの最も高いサービスで対応」していると厳しく批判し、その典型として「医療扶助によって病気からある程度なおって退院するが、退院先がなく、回復期を路上で過ごし、悪化するのをまって再入院する」という例をあげている。

 事後より事前のサービスによって「生活全体への意欲と能力を回復させ、高めることができる質の生活が営めるように」することなど、既存施策の見直しを求めているのは重要な指摘である。具体的には、「福祉的機能を有する短期宿泊施設(シェルター・プラス・ケア)」、「就労促進の福祉施策(ウェルフェアー・ツウ・ワーク)」を提言している。「短期宿泊施設」は、「緊急のニーズ、恒常的な住居への過渡的なニーズにも応える連続性をもったものでなければならない」とし、しかも「生活者としての意欲、能力の回復(自立)を目指した福祉ケアがプラスされた方策が必要」としている。これは、今の野宿生活者の現状からすれば、差し迫った課題であり、一日も早く実現をすべきである。

 また、「就労促進の福祉施策」では、「日雇労働ができなくなった者は路上生活しかないといった、選択性のない地域社会は望ましくない」とし、具体的には「社会福祉の他の領域で、一定の評価を得ている福祉工場、シルバー人材、授産施設のコンセプト、経験が導入されるべきである」と述べている。

 また、雇用対策では、触れられなかった「高齢者特別清掃事業」の量的拡大については、それに対する批判があることを視野に入れた上で、「就労を含んだ生活全体を支持するポリシーの部分として新しい意味を持ちうるものである。新たな展開が期待できる」とし、肯定的にとらえている。

 医療については、先の鋭い批判にもかかわらず、生活保護の実施機関と医療機関との協働関係の重要性を述べているものの、具体的な提言はない。しかしながら、「事後的・回復的援助より、事前的・予防的介入」、そのための「高度に方法化した支援」の必要性、「熟慮の過程に介入してくれる専門職」の必要性など、社会福祉サービスの原点に立ち戻った提言には傾聴すべきことが多い。

住宅対策の重要性を指摘、共生する街づくりの視点が欠落

 他産業への転職の場合、「非定住であることが障害となることが考えられ、地域労働者の住宅対策が重要となっている」とし、「路上生活者への居住への対応も新たな課題となってきている」と正しく釜ケ崎における住宅問題をとらえている。そのために、「公営住宅法施行令の改正により、50歳以上の男性単身者の入居が可能」になったことを指摘して、高齢単身者向けの公営住宅の建設の必要性を示唆している。また、公営住宅に福祉施設を併設することによって、公営住宅の建替要件が緩和されるなど、今後老朽化した公営住宅の建替を考える上で、重要な指摘を行っている。しかしながら、野宿生活者の急増という事態に対して、どのような対策を打つべきか、具体策が述べられていないのは残念である。今、国道26号線より西では、西成地区街づくり計画が勧められているが、釜ケ崎を含む国道26号線東部でどのような街づくりを行うのか何も触れられていないのは残念である。単身日雇労働者も商店街の経営者も互いに共存し、将来に夢をもって生活できるような街にするために、どのように街づくり計画を策定し、実現していくのかという重要な視点が欠落している。

問題解決への第一歩。一刻も早い実行を

 

以上のように、「あいりん総合対策検討委員会」がまとめた『あいりん地域の中長期的あり方』は、いくつかの点で積極的な提言を行っている。なによりも、大阪府と大阪市が協働して検討委員会をつくり、今後のあり方をまとめたという点では、画期的なものであろう。「報告書」が、大阪府・市の関係部局でしっかりと受けとめられ、関係機関のしっかりした連携のもとで「総合的対策」として着実に実行に移されることを強く望む。長期的な展望をもって取り組む必要があるのは当然であるが、そのことを理由に、今日的課題から逃げることは許されない。

 冒頭に述べたアブレの長期化による野宿者の急増に対して、既存の「あいりん対策」では無力である。55歳の労働者Aさんの言葉は強烈であった。彼は3月15日からアブレて、以来一日も就労できず、野宿している。総合センターに泊まるのは二日目だという。「今行政に一番してほしいことは」という質問に、言下に「メシだ」。もちろん仕事が一番だが、高齢者特別清掃事業も希望者が多くて1か月に1回も回ってこないことを知っている。しかも、その希望者登録も年2回で、すぐに登録できない。居住の問題も大変だ。しかし、行政にはもはや何も期待できないという。生存のための「今日のメシ」をどうするのかというところまで追いつめられているのだ。そこまで追いつめた行政の責任は大きい。事態はそこまで緊迫化している。大阪府、大阪市は緊急予算を組み、「報告書」で提言されたことを一刻も早く実行に移されたい。